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水族館(1)(連載)

「矢追くーん。来週あたりおつかい頼みたいんだけどいいかな?」
館長の声が降ってくる。見上げると、移動梯子の上で館長が手を振っていた。矢追が椅子から立ち上がろうとすると手のひらで押しとどめる。
「ちょっとまってね」
スルスルと梯子を伝って降りて来た。
「北の水族館に貸してた本を受け取りに行って欲しいんだよねえ。貸出期限過ぎてるんだ」
館長の姓は雲英という。雲英家の当主であるらしい。
館長とはいっても業務は館員に任せているらしく普段はみかけない。
たまに図書館にやってきてはうろうろしていた。
「シティーの端ですよね?何年か前に行ったことありますよ」
「そう、そこ。図鑑が多いからね、備府君と二人で」
矢追は空席を見やる。まだ大学にいるはずだった。

備府は堂仁と二人きりで屋上にいた。
堂仁は試験管を見つめる科学者のような目で備府に向かって一歩踏み出した。
思わず備府は一歩下がる。
決闘だ、とでも言い出しそうな雰囲気に嫌な汗が流れる。
「な、なんだよ、早く用件を言え」
堂仁は軽く眉をあげた。
「用件か」
さも意外そうに顎をなで、下目遣いで備府を見る。
「用もないのにここまで連れてきたのかよ!」
「……あることはあるんだが」
備府は地団駄をこらえて堂仁を睨んだ。勢いに負けてここまで来てしまったものの、今更のように苛立ちがわいてくる。
「一緒に本をつくらないか」
今自分は間抜け面だ、と備府は思った。
「……その提案は後々検討するが、その前に一つ訊きたい」
「なんだ」
「わざわざ屋上に来た理由はなんなんだよ」
「……」
堂仁は目を逸らした。

「矢追君、館長見ませんでした?」
「さっきまでT3エリアにいましたよ」
「お昼までに書類片付けてもらうはずだったのに……ありがと、最終手段つかうわ」
最近よく話すようになった館員は背を向けた。
しばらくして館内放送が流れる。
矢追は一心にキーボードを叩く。少しでも備府に追いついておかなければ。
前の椅子が引かれる音がした。驚いて顔を上げるとそこには館長が座っていた。
「気にしなくていいよ」
矢追は開いた口をまた閉じた。
館内放送が聞こえていないはずはない。館長はここに隠れているのだった。
「矢追、こっち見ろよ」
備府の声がする。矢追はモニターから目を離さずに応える。
「『こっちみんな』のほうがそれっぽいですよ」
「まあそうだろうねえ」
館長が喉で笑う。
「君いつも備府くん見てるもんねえ」
矢追は館長を一瞥した。
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