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声(中)(連載)

「明日あやまっとけよ。今すぐは逆効果だから」
「うん……ごめんね」
「俺に謝る必要はない」
「…うん」
堂仁は矢追の頭をはたいた。

備府は寝不足だった。待ち合わせ場所に1時間も前についてしまい、駅ビルの中のベンチにぼんやりと座っている。
年配の夫婦が目の前を通り過ぎる。
家族連れが目の前を通り過ぎる。
腕を組んだカップルが目の前を通り過ぎる。
来野が目の前を通り過ぎる。
「……あっ」
思わず声をあげると来野は首だけ振り返った。
くるりとUターンして備府の前に立つ。
「今日穂江さんと映画じゃなかったっけ」
「…ここで待ち合わせてる」
どことなく来野の表情が固く思えた。
そっか、と言いながら来野は腰を屈めて備府をまじまじと見た。
「な、なに」
「ん、いや別に。あのさ……ほっぺた触ってもいい?」
「はっ?」
「ほっぺた触ってもいい?つったの」
「いや、聞こえたけどさ」
「駄目か?」
わからないことばかりだ、と備府は思った。

穂江は笑っている。
来野はたっぷり10分は備府の頬で遊び、晴れやかな表情で去って行った。その様子を眺めていたらしい。
くったりとして食が進まない備府の向かいで穂江は美しい箸さばきを見せた。
「口に合わない?」
「あ、いや、緊張しちゃって」
備府は慌てて和風ハンバーグ定食に立ち向かう。
「…備府君と一度ゆっくり話してみたかったんだけど、急で驚いたかしらね。私最近サークルに顔出してないし、備府君いつも矢追君と一緒でしょう?」
ちょうどペア券をもらったから手っ取り早いと思ったのだと穂江は言う。
「はあ」
「バイトも矢追君と一緒だったかしら?仲いいのね」
大学には矢追ぐらいしか友人がいないというのが正直なところだ、と備府は思う。
「仲いい…んですかね」

来野が戻って来た。いかにも上機嫌といったふうに水戸黄門のテーマをハミングしている。
「…あ、おかえり」
「なんだ?機嫌直ったのか」
「あのさ、来「くくっ……ふはははは、矢追めざまあみろ!オレは備府のほっぺたを触って来たぞ!」
「……な、なんだってー!」
「あんな素晴らしいものを今までよくも独り占めにしていてくれたな!存分にふにふにしまくって来たぞ!どうだ、うらやましいか!」
「くっ……予想外だ…こんな近くに伏兵が……今すぐガーディアンたちに連絡をしなければ。貴様、まさかそれ以上のことを…」
「さすがだな…そこまで読んでいるとは」
「言え!何をした!」
「耳たぶを、少し、な」
「み、耳たぶだと…」
「オレの復讐は今ここに完成した!自分の無力さにうちひしがれるがいい!」
「う、うわああああ」
「……お前ら毎度よく飽きないな」
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