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向日葵(後)(連載)

「こっち来て」
矢追は空を見上げると分かれ道を右に曲がった。向日葵の日陰に入る。
「休憩しよう」
堂仁は自分を引いていた矢追の手を腕からほどいた。
「あ?俺は別に平気だって」
いらただしげに首もとの汗を拭う。濡れた手の甲をシャツにこすりつける。
「僕疲れちゃった」
「お前な、」
喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。
本当にこいつは神経を逆撫でするのが上手い。気を利かせているつもりなのだろうか。
しかしここで声を荒げれば自分が大人気ないのは明らかだ。これ以上醜態を晒すわけにはいかない。
「……わかったよ」
向日葵の根元に腰を降ろす。
「はいこれ。飲みさしで悪いけど」
矢追に差し出されたスポーツドリンクを堂仁は遠慮なく呷った。生温く甘い液体が喉をすべり落ちていく。視界が少しはっきりしたような気がする。
「やっぱりおかしいと思うなあ」
「何が」
矢追の視線は煙ったようにあいまいで、どこを見ているのかわからない。
「お前も飲めよ」
不安になった堂仁は矢追にボトルを押し付けた。
「うん」
矢追の喉が動くのを見るともなしに見る。
「来野たちのグループが行った後十分してから僕たちは迷路に入った」
「…係員の指示だな」
「僕たちの後にも人は並んでたよね」
「……二十人くらいか」
「西瓜目当ての人もいるよね」
「……騒がしいのがいたな」
「僕たちはだらだら歩いてたのに追い越す人はいなかった。それどころか一緒に入ったやつもはぐれたっきり」
鐘の音が聞こえる。
「光化学スモッグかなんかでたんじゃないかなあ」
みんな避難しててここには僕たちしかいない、と矢追が呟く。
そう言われるとそんな気がしてくるから不思議だ。
「…早いとこ出るぞ」
「もう一つ不思議なことがあってね」
「……」

「向日葵がみんなこっち見てるよ」

「行くぞ」
堂仁は聞かなかった振りをして立ち上がった。
「堂仁君さ、」
矢追が顔をのぞき込んでくる。
「僕のこと嫌いでしょう」
堂仁は押し黙った。図星を指されたからではなく、矢追が共犯者に向けるような悪戯っぽい笑みを浮かべていたからだった。初めて見る表情だった。
決定的な瞬間だった。
「どれくらい嫌い?」
にやにやしながら堂仁の横腹をつついてくる。
堂仁はその手をはたき落とした。
「嫌いじゃない」
「嘘だー」
「嘘じゃない」
今は。

ぽつり、と白茶けた地面に黒い染みが出来た。染みは見る間に増える。瞬く間に空気は濡れた。
大粒の水滴が痛いほど体を打つ。
しかし辺りは明るいままだった。
「狐の嫁入りだね」
矢追の足取りはステップを踏み始めそうなほど軽い。雨粒が光を乱反射して目を刺す。堂仁は懸命に矢追を追う。
「やった!出口だ!」
矢追は振り返り、堂仁に向けて笑った。

「なにしてたんだよ!」
迷路を出ると、友人たちが待ち構えていた。5kgはあろうかという大きさの西瓜を抱えた来野が二人の前に立ちはだかる。
「何って……迷ってたよ」
「遅い!係の人が上から見ても見つからないから途中で倒れてるんじゃないかって大騒ぎだった!あとちょっと遅かったら捜索隊出すとこだったんだからな!」
「ごめんね」
「オレに謝っても仕方ないだろ!」
「うん、ごめんね」
「悪かった」
「早く謝って来い!……つかなんでお前らそんなにビシャビシャなの?」
「え?雨で」
「は?雨なんて降ってねえじゃん」
「え?」
「え?」
「……」

備府と駅まで歩く。花壇に向日葵が咲いている。矢追は高校一年の夏を思い出した。いくつかの偶然が重ならなければ、堂仁と友達になることもなかっただろう。
ちょうど今頃だっただろうか。沢山の太陽に殺されそうになった日は。
初めて堂仁の目を見た日は。
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