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導火(1)(連載)

朝の空気を叩きのめすようにカラスがわめいている。
矢追は冷蔵庫を開け、凍えた眼鏡を取り出してかけた。
扉に留めたメモには堂仁の癖字で先に出る旨が書かれている。
視界の隅に光るものがある。
備府からのメールだった。
こめかみが冷たい。

携帯を開いて確認する。返事は来ていない。ため息をついて顔を上げ、手をかけたドアが開いた。顔面をしたたかに打ち、へたりこんだ備府に知った声が降る。
「いつも俺の邪魔をするんだな、お前」
とっさに言葉が出て来ない。鼻をおさえたまま備府は堂仁を睨みあげた。
堂仁は肘を掴み備府を引き起こし、そのまま廊下を横切ると壁に押し付けた。
「な、」
備府が何、と聞く前に顎を掴まれ顔をしげしげと観察される。
「傷はないな。悪かった」
ふと堂仁は笑った。備府が震えたのがわかった。
「は、放せよ」
堂仁を押し退け、備府は教室の中へ消えた。
廊下の窓から正門前が見える。
銀杏がすっかり色付いて金の葉を降らせていた。

二人の肩は触れ合わない。不自然な沈黙で空気を引きつらせながら電車は走っていく。
ほんの少し前とは何もかもが変わってしまった。しかし備府はすぐそこにいる。顔をうつむけ、ボサボサの髪で顔を隠すようにして隣りに座っている。鼻先が赤いのは何故だろう。
苦痛だった。
いつまで我慢すれば彼の友人に戻れるのだろうか。
発条がいくつも心に押し込められているのだった。押さえる手を緩めれば、一人でに飛び出して備府を傷付ける。
いや、今も自分は備府を傷付けている。
備府の笑顔をずいぶん見ていない。傷付けることしかできないとは思いたくなかった。

工業エリアは美しかった。駅から伸びた銀杏の並木は円錐が連なる黄金の波をつくり、周囲の建物に彩りを添えている。
大量に出る落ち葉はポット型のロボットが掻き集めてどこかへ運んでいく。
通行人はほとんどいない。
「綺麗だ」
備府が呟く。瞳の色が目まぐるしく変わり、何か想像を巡らせているのがわかる。
以前の矢追だったら自分の妄想の内容を広げて見せただろう。だが今の矢追の心には隙間なく備府がいる。
「そうだね、綺麗だ」
そっと息を吐くことしかできない。
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