「備府君」
背後から肩に手をかけられ、備府は椅子から飛び上がって驚いた。
ふわりと覚えのあるコロンが香る。
「か、館長?」
振り返ると、人の悪い笑みを浮かべた雲英がカフスボタンをいじりながら立っている。
「け、気配消すのやめてくれませんか」
「あーこれ癖なんだよね」
「……そうすか」
「今日矢追君いないの?」
「はい」
「明日二人で本を届けて欲しいんだけど」
「……はい」
気が進まない。館長は備府の表情が曇ったことに気付いたが、意に介さず続けた。
「南の工業地帯ね。本少ないし普通のかばんで構わないから。明日説明するけど一応彼に伝えておいてね」
「はい」
『どしたの備府。辛い?』
備府は息を飲んだ。館長の口から矢追の声が流れ出ることにいたたまれなさを感じて目を閉じる。
「いえ、」
『最近元気ないね。心配だなあ』
「……や、やめてください」
『おやおや」
雲英は眉を上げた。
「感心しませんね」
雲英に茶を差し出した岡は呟くように言った。
「何が?」
「白々しい」