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炒飯2(連載)

不味い酒だった。談笑していてもどこか上の空で、神経は離れて座った備府に向いている。
矢追はスルメをむしって口にほうり込んだ。むやみに噛み締める。
雑多な音は耳をすり抜けていく。

思ってもいないことを言ったわけではない。いつも思っていたことだからこそ洩らしてしまったと考えるべきだった。
備府が人付き合いを苦手なことはわかっている。
どこかそれをもったいないと思っているのかも知れなかった。
手元の悪いジョッキから滴が落ちて膝を濡らした。
「備府君、顔真っ赤だよ。大丈夫?」
さして大きな声でもないのにはっきりと聞こえた。備府はそれなりに楽しく飲んでいるようだ。
ほら、少し勇気を出せばなんてことないじゃないか。別に自分がいなくたって友人をつくることもできるだろう。そのうち自分より仲のいい友達だってつくるかも知れない。
ジョッキを呷り卓に置く。メニューを引き寄せた時に醤油の入った小皿をひっくり返した。
「うわっ」
醤油は見事に矢追のジーンズに地図をつくる。
「きゃー大変」
隣りに座っていた女子が店員におしぼりを頼んでくれる。
「ありがとう」
「さっきからボケッとし過ぎじゃないの」
ハンカチを取り出して拭きにかかった手を矢追は掴んで止めた。小さく柔らかな手がぴくりと動いた。
「いいよ、ハンカチが汚れる」
「ハンカチなんて汚すもんでしょう、早くしないと広がっちゃうよ」
彼女は気にした様子もなく矢追の太腿に可憐な布を押し付け、まだ持っているのだとポケットを叩いた。
「洗って返すよ」
「気にしないで」
捨てちゃっていいよ、となんでもないことのように言う。
「そういうわけにはいかないよ」
「彼女さんに悪いもん」
矢追は身構えた。
「いや、別に彼女はいないけど……」
「え?でもさっき」
彼女の後ろに誰かが立った。見上げると備府だった。無表情で見下ろされるのはあまりいい気持ちがしない。
「備府」
呼ぶと備府はぐらついた。足元がおぼつかない様子で、両手を座敷に付くと膝でいざり寄ってくる。
「何お前彼女いんの」
微妙に呂律が回っていない。
「いないよ、知ってるでしょ」
「これからつくんのか」
「つくろうとするものでもないんじゃないかな」
「つかお前醤油臭い」
膝が当たるほどそばに座り、備府はねめつけてくる。
「こぼしちゃったんだよ」
「はい、おしぼり」
「ありがとう、助かる」
「じゃあわたしはちょっとあっちに行ってくるね」
ひらひらと手を振り彼女は去って行く。悪いことをした。恐らく彼女がいるかどうか聞かれたときに生返事したのだろう。自己嫌悪しながらおしぼりで染みをこする。
「矢追、彼女つくんの?」
「何、さっきから」
「俺と縁切りたい?」
「何馬鹿なこと、」
憤慨して備府をにらむ。備府は真剣な、というより据わった目をしていた。
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