これは確かに一人で運ぶには骨が折れそうだ、と矢追は思った。
積み上がった大判の書籍をリストに照らし合わせて行く。
人見知りを発揮した備府は黙々と図鑑を緩衝材で包み、キャリーバッグに詰めている。
「あれ?一冊足りませんね」
水族館は休館日だった。裏口から入った二人は係員に速やかに案内され、資料室に通された。
リストの最後に記された『水』というシンプルな題の本が見当たらない。
「どれどれ……おかしいな、これで全部のはずなんだけど」
係員は訝しげに首をひねり、胸元から折り畳んだ紙を引っ張り出す。
「借りた時のリストには…『水』って本は入ってないなあ」
慌てて矢追は二つのリストを並べた。一つ一つチェックしペンで印をつけていく。
「本当だ……」
係員が持っていたものは一月前に発行された雲英図書館の貸出レシートに相違ない。
しかし矢追が持って来たものは館長が手ずから打ち出したものであった。
「すみません、今すぐ確認します」
矢追は携帯電話を取り出した。
「申し訳ありません、どういうわけか電話がつながらなくて」
矢追は嫌な汗をかいている。
何度かけても話し中になっていて一向につながらない。
「ちょっと待ってて、他の奴等にも聞いて来るね」
係員は出て行った。気を悪くした様子はない。矢追は密かに胸を撫で下ろした。
「矢追」
怠そうな声が矢追を呼んだ。
「どしたの」
振り返ると備府がこめかみを押さえている。
「なんかさっきから頭痛い。耳鳴りもするし。多分ガス中毒になってるわこれ。リア充ガスの中毒」
「リア充ガスって何よ」
冗談めかしているがつらそうだ。
どうしたものかと眉を寄せ、矢追は備府の髪をかき上げて額に触れた。
「熱はないみたいだね」
「絶対リア充ガスの仕業だって」
僅かに顎を上げて矢追の手のひらから逃れると、備府は瞬きをした。
一瞬、備府の瞳に何かが映る。
「「?」」
二人の間を何か黒い影が横切った、ような気がした。
気がしただけだ。腕を伸ばした距離しかない、密室内の二人の間を一体何が通ると言うのだろう。
備府は顔を歪めて口を手で覆った。
「……吐きそうなんだけど。まじウケる」
「ウケませんっ」
トイレはどこだろう。裏口からくる途中にはなかったような気がする。
矢追はドアを開けて係員の姿を探した。
「やあ、お待たせ」
小走りにやってくる待ち人に矢追はせっつくようにトイレの場所をたずねた。
「ここをまっすぐ行って二つ目の角にあるよ。一人で行ける?」
「……はい」
どこか危うい足取りで備府は出て行った。
「大丈夫かねえあの子」
「本当にお手数おかけして申し訳ないです」
「ああ気にしないで、どうせ今暇だし。今聞いて来たら、もしあるとすれば館長の所じゃないかっていう話なんだ。もうそろそろ館長帰って来るから待ってみたらどうかな?電話しながら」
「はい、……そうさせていただきます。ありがとうございます」
矢追は深々と頭を下げ、携帯電話のディスプレイを八つ当たりのように睨みつけた。