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終わんなかった

明日終わるから!
これはほんとだから!

水族館(7)(連載)

「『泥棒じゃないから気にしなくていい』だってさ……気にするよねー」
「はあ……」
矢追は上の空だ。備府の行方が気になって仕方がない。
「それにしても彼は一体どこ行っちゃったんだろうね?」
次の瞬間二人は身を竦めた。
ドオン、と音というより空気の塊に襲われた床や壁がビリビリと震え、落雷のような衝撃が腹を叩く。本棚の硝子戸が中から飛び出した本によって開いた。
地震ではない。一瞬で静まった揺れは、館員の顔面を蒼白にした。
「ちょっ何今の」
「爆発……?」
一拍置いてけたたましく警報が鳴り始める。
「あーもうどうなってんだよっ」
「こ、これ何の警報ですか」
「とりあえず外に避難してもらえるかな。僕はいったん戻らないと」
「あっ」
館員は駆け出して行く。
矢追は一人になった。

「備府どこに行っちゃったのかなあ」
あたりは無人だ。ピチャリ、と水溜まりを踏み矢追は足元を見回した。部屋から点々と水が散っている。
「どっちから来たんだっけ」
こっちだったか、と走り出す。
水溜まりは続いている。板張りの床を鳴らして駆けていく。
窓のない細い廊下の左右には同じようなドアが延々と並んでいる。
視界の端に黒い影が横切る。警報は止まない。耳鳴りがする。
「大変なことになっちゃったな」
突き当たりの非常扉によく似た扉を開けるとそこは造られた海だった。
薄暗い空間に竹の子のように柱が立ち並び、水槽が設置されている。
ここには異常は無いのだろうか。警報は鳴っていない。耳鳴りは消えない。
人影が見えた気がして矢追は水槽の間をすり抜けた。
奥が明るい。誰かいる。
床が濡れている。

「備府?」
視界が一気に開ける。
広大な空間は人工の海に通された透明なトンネルだった。直径十メートルはあるだろうか。
強化アクリル板を透かして三百六十度水に囲まれている。
魚群が回遊している。
黒い影。
終わりは見えない。
そこに備府が立っている。言い知れぬ安堵を覚え、矢追は手を伸ばした。
「備府、こんなとこにいたんだ」
見慣れた後ろ姿は動かない。
「どうしたの」
肩に手を掛けた途端、備府は崩れ落ちた。
「備府っ」
慌てて体を抱え込む。顔をのぞき込んだ矢追の背に冷たいものが走った。
備府の目は開いていた。開いて、不規則に瞳が四方八方に揺れていた。僅かに下りた瞼に時折隠れる。
「備府、備府っ」
呼吸と脈を確認する。遅い。思い出したように胸が膨らみ、ゆっくりと萎み、数秒呼吸が止まる。
横たえようとして初めて、何かを両手で掴んでいることに気付く。
金属の直方体だった。見慣れない光沢を放つそれにはびっしりと紋様が刻まれている。
厚さは十センチ以上ありそうだ。大きな面に五芒星が見える。
備府の手は張り付いたように離れない。
耳鳴りが酷い。
不意に影が二人を覆う。
矢追は頭上を振り仰いだ。
巨大な目が光った。それはあまりにも大きな、悠然と水をかいて、こちらに近付き、このままではぶつかる――
ドオン、とすべてが震える。
これは一体現実なのだろうか。
巨大な生物が、矢追には亀に見える。だがしかし、視界が埋め尽くされるほど大きな亀など存在するのか。
存在するのだ。目の前にある。十メートルはあろうかという巨大な亀が。
嘴のような鼻先を世界の境界に叩き込み、それはぐるぐるとトンネルの周りを巡り始める。
次から次へと襲って来る非常事態に矢追は混乱していた。
「備府、起きてくれよ……」
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