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手袋(後)

ドームの中に薔薇が咲き乱れている。ここは図書館ではなかったか。
人影がある。わずかに浮いている。
薔薇の蔦が絡み付き、空に吊上げているのだった。
顔は見えない。誰かの白い手が覆っていて見えない。
後ろから回された白い手の持ち主は見えない。
ざわりと薔薇がうごめいた。
人影の後ろに目が光っている。
血のように赤い唇が開き、晒された首筋に食らいついた。
薔薇に囚われた体は大きく震えた。

「……行きましたね」
岡は呟いた。
「おい!本気で噛んだな!絶対血ぃ出てるこれ」
「こういうのは気迫が大事なんです」
「嘘だね、絶対やつあたりだ……ともあれこれで君は完全に危険人物だな」
「誰のせいだと思ってるんですか」
岡は薔薇の蔦から飛び降りた。
「僕はもっと外堀から埋めていくつもりだったんです。それをなんですか、あんないたずら。やりにくくて仕方ないですよ」
白い手袋を外し、軍手にはめ変える。
「ごめんねえ」
悪びれた様子もなく彼は笑った。
「……ノコギリ借りてきました」
「い〜つもすまないねえ」
「気にしないでおじいさん、お代は後でいただきますからね」

先に動いたのは備府だった。矢追の手首を掴むと引きずるようにして歩き出す。
「なんだあれなんだあれ」
「@幻覚AどっきりB変態」
「どれも嫌だ」
「あれ岡さんだったよね?」
「知らん!俺は知らんぞ何も見てないめんどくさい」
「僕らが少年少女だったらもっとそれっぽいんだけどね」
「は?」
「めくるめくゴシックホラーが幕を開けそうじゃない?」
「あーもう黙ってろお前」
「ちょっともう一度見に行かない?あの薔薇が気になって今夜八時間しか眠れそうにない」
「他にもっと気にすることあるだろ!普段どんだけ寝てんだよ!」
痛いほど強く握られた手首を矢追は備府に預け続けた。
備府が自分よりも怖がっていることで、かえって冷静になるようだった。

「ってことがあったんだけど、堂仁どう思う?」
部室でお決まりの飲み会。堂仁は次々に缶を空けている。
「……そんなところでバイトする気でいるのが理解出来ないと思う」
「だって気になるじゃん」
「やめとけよ、なんかあったらどうすんだよ。幻覚だろうが変態だろうが近付かないに越したことはない」
真剣な、というより据わった目を向けられる。
「うーん…確かにそうだよねえ、備府になんかあったら大変だしね」
堂仁はグシャリと空き缶を握りつぶした。
「矢追君、今日は備府君来ないの?」
穂江がほろ酔いで寄って来る。
「誘ったんですよ。でもまだ部誌のこと気に病んでるんです」
「あらま」
「数日間僕のことすら避けてましたから」
「来野さんが嘆いてたわね、そういえば」
「気にしいですからね、かわいいですけど」
「あばたもえくぼってやつね」
「本当にかわいいんですよ。笑うと特に。最近僕お笑い芸人になりたくなるんです」
「……備府君を笑わせるために?」
「はい」
「相当酔ってるわね、矢追君……ちょっと失礼」
穂江は肩を震わせて去った。
「僕そんな酔ってるかな?」
堂仁がガシリと矢追の肩を引き寄せた。
「いや、全然足りてないな。もっと飲むべきだ」

「穂江さんって意外にゲラですよねー」
「だってあんなかわいい口説き文句初めて聞いたんだもの。なんで本人に言わないのかしら」
「『僕がお笑い芸人だったらもっとあなたを笑顔にできるのに』ですか?口説き文句かどうかすら微妙ですよ」
「『僕がチャップリンだったなら』でひとつ書いてみようかしらね」
「一気にかっけーっすね」
「昔の歌にあったような気もするわね」
「ピアノがなんたらって歌じゃないですか」
「そうかも」
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