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買い物(後)(やおいとびっぷ)

「スーパー寄るよ」
声を掛け、駐輪場に自転車を乗り入れる。
「ラーメン買ってくるからちょっとここで待っててね」
相当疲れているのだろう、備府は黙ってこくりとうなずいた。
「何味がいい?」
「味噌……」
「わかった」
袋入りの生麺を買ってとっとと戻る。
備府が大欠伸している。

落ち着かない様子でキョロキョロしていた備府も、味噌ラーメンが出されるとかかりきりになった。丼が一つしかないので、矢追は鍋から直接食べている。
「うまい」
「良かった。替え玉あるよ」
「これ普通の味噌ラーメンだよな?」
「コチュジャン入れてみた。こないだテレビでやってたから」
「すげえなコツジャン」
「コツジャン?」
「ちゃんとコチュジャンって言ったし」
「んふ」
ラーメンには目玉焼きとコーン、ハムとほうれんそうがこんもりとのせられている。
「備府はもっと食べて肉つけたほうがいいよ」
「悪かったなガリで」
「悪かないけどさ」
あっという間に平らげると備府は満足げに息を吐いた。
「ごちそーさん」
「おそまつさま」
二人で並んで小さなテレビを眺める。生温くなってきた空気を扇風機がかき混ぜる。備府の頭もふらふらと揺れている。
「ベッド使っていいよ」
「うん…」
「ちゃんと起こすから」
「すまん…」
備府はベッドにもぐりこむとすぐさま寝息を立て始めた。
矢追は洗い物を済ませ、テレビの前に戻る。背もたれにしているベッドには備府が眠っている。
(子供扱い、かあ……)
やはり自分は出過ぎたことをしているのだろうか。元々世話好きな質でもなかったはずだ。しかし備府を見ていると、出来るだけのことをしてやりたくなるのだった。
「そうは言っても時々子供みたいだからなあ」
今だって幼い寝顔を晒している。
(あ、よだれでてる)
いい年した男をかわいいと思う自分に、矢追は大して疑問を持っていなかった。萌のストライクゾーンが遥かな高みへ広がっていくのだろうと受け止めている。二次元の男に萌えるのだから、三次元の男に萌えることもあるのだろう、と。
(僕もちょっと寝ようかな)
座ったままうとうとしかけたとき、尻ポケットが振動した。番号には見覚えがない。
「はい」
『雲英館の岡と申します。矢追さんのお電話ですか?』
「はい」
一体何だろう。電話で申込んだ面接は五日後だ。
『いきなり申し訳ありません。早急に確認したいことがございまして』
「はい、何でしょうか」
『先程、私を見ましたね?』
「……はい?」

『私 を 見 ま し た ね ?』

視界がぐらりと揺れた。暑いのに肌が泡立つ。そうだ、なぜ気付かなかったのだろう。確かに矢追は岡を見ていた。気付かなかったのは距離があったからでも顔を忘れていたわけでもない。脳が無意識に拒否をしたのだ。
人々の認識から外れて雑踏の直中に立つあの影を、今までの記憶と照合するのを拒否した。
言われてみれば疑いようもなかった。
あの影、あれは確かに岡だった。
『五日後を楽しみにしています』
電話は切れた。矢追は今起こったことをどう理解すればよいのか分からなかった。ただ胸に綿を押し込まれたような心地がしていた。

備府は安らかに眠っている。
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