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買い物(前)(やおいとびっぷ)

階下の人混みの流れを目で追っていると、不思議なことに気付いた。
すれ違う人と肩がぶつかるような混み具合にも関わらず、ぽっかりと空いている場所がある。直径2mほどの円の中を通る者は皆無だ。
目を凝らしてみても、そこに何かがあるようには見えない。
ショッピングモールの吹き抜けから下をのぞき込む矢追の携帯が鳴った。備府からの電話だった。
「はい。おはよう備府」
『悪い今着いた……おはよ』
「慌てなくていいよ、僕も今着いた。二階の風船で出来た熊のところにいるから」
『熊?……ああわかったすぐ行く』
携帯を尻ポケットに突っ込むと、矢追はもう一度下を見た。
奇妙な空間は人で埋まっている。しかしそこが奇妙であることには変わりない。
今そこには誰かが佇んでいるのだった。行き交う誰一人、立ち尽くすその人を気にかけた様子もない。見えない壁があるかのように、皆はその人物を、空間を避けて歩いている。
(僕にしか見えてなかったりして)
次の瞬間矢追は総毛立った。
その人物が突然、真っ直ぐこちらを振り仰いだのだ。内心を読み取られたかのようだった。
見てはいけない物を見てしまった気がした。白い細面が今にもこちらに向かってくるんじゃないかと冷や汗が滲む。周囲の物音が遠ざかっていき、次第に耳鳴りがし始める。あの人を知っている気がする。

「……おい!」

膝の裏に衝撃があった。かくん、と腰が下がり視点がずれる。……はずれる。
その途端、物音が戻ってきた。
どこか切羽詰まった顔をした備府が矢追のシャツを掴んでいる。
「あの、お、遅れてすまん」
矢追はひとつ深呼吸をした。
「ううん、今来たとこだよ」
まるでカップルみたいなやりとりだ、と笑いがこぼれる。それを見た備府もほっとしたように笑った。
「そうか……ここって、いつもこんななのか」
人の波を示して備府は問う。
「休日はこんなもんだよ。そうだ、迷子にならないように手つなごうか」
冗談めかしてシャツを掴んだままの備府の手に触れると、想像以上の強さで握っている。
「……どした?」
「なんか……なんか変だったぞお前」
備府の視線が揺れている。
「今、何見てたんだよ」
「んー、人の流れ?」
「嘘つくな」
「嘘じゃないよ、人がたくさんいるのをずっと見てたらふらふらしてきちゃってさ」
自分は上手く笑えているだろうか。備府にこんな顔をさせたままではいられない。
「もう平気。備府は大船に乗った気でいてください。最初はあのかばん屋に行こう!ね?」
手をポンと叩いて言うと、備府はしぶしぶうなずく。
振り向かずに歩き出す。
吹き抜けの下を確かめる気にはなれなかった。
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