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手袋(中)

「間が悪すぎますよ。アルバイトの面接に遅れるところでした」
「それはすまんかったね」
「仕方がないので今日はもう帰しました。初めての仕事がこんなじゃ気の毒ですからね」
「私のことは気の毒がってくれないのか」
「気の毒な有様にしてあげましょうか?」
「怖い怖い……おや?」
「帰って…ませんね」

「これ……図書館なのか?」
「……すごいねえ」
受付で入館証を見せ洋館に入る。入口から真っ直ぐ伸びた回廊の壁面は本棚で埋め尽くされている。三階分はあろうかという高さの中程に幅3メートルほどの張り出しがある。回廊自体の幅は30メートルはあるだろう。エプロンと袖カバー、手袋をつけた司書が、移動式梯子を駆使しながら忙しく立ち働いている。
「…でかくね?」
「…蔵書十万冊だって」
広大とすら言えるほどの回廊には大机がずらりと並ぶ。席はちらほらと埋まっていた。自然と小声になる。
「OPACと同時進行で電子書籍化も始めるって言ってたよな?」
「何年かかるんだろ…」
「…気が遠くなるな」
莫大な質量と静けさに気圧されながら二人は奥へ奥へと進む。
図書館の外観を矢追は思い出す。この先には巨大なドームがあるはずだ。

「どうします?もうすぐここに来ますよ。なにしろあの二人ですから」
「どうすっかなあ」
「このパターンは初めてですね」
「そうだったかな」
「司書に足止めさせますか」
「そだねー、ひとまずこれをなんとかしないことには挨拶もできないからね」

突き当たりの大扉は閉ざされていた。
「申し訳ありません。この先はご利用いただけません。臨時整備中ですので立ち入り禁止でございます」
司書の格好をした大柄な男が一礼した。
仕方なくもと来た道を歩く。
「なんか帰りの方が短く感じる」
「確かに」
「この後どうしようか」
「帰る」
「つれないなあ」
「下見は済んだろ」
「岡さんの謎が残ってる」
「知らん」
図書館を出る。矢追が頼み込み、建物の周りを一周して帰ることになった。
建物の右側に回り込む。高い位置にある窓は明るい日差しを跳ね返すばかりで中の様子はうかがえない。
「どうにかして中見れないかな」
好奇心のみで矢追は動いていた。
「おいもういいだろ」
「あ、あっちに明かり取りのちっちゃい窓が」
「その窓見たらすぐ帰るからな」

「やっぱり来ましたね」
「第一印象って大切じゃないかい岡くん」
「どうしろって言うんです」
「なんかどうにかしてそれっぽく隠してよ」
「また無茶を……」

目がドームの薄暗さに慣れるまでしばらくかかった。
窓から入った光が柱になって床をところどころ照らしている。
(違う……床、じゃない)
「……なんだ?」
小さな窓を分けあって肩を寄せた備府が呟いた。

薔薇が咲いていた。
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