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頼み(やおいとびっぷ)

エレベーターから降りたところで袖を引かれた。
「や、矢追…今日はこれからサークルか?」
備府から声を掛けてくることは珍しい。名前を呼ぶことはもっと珍しい。
「図書館寄ってから行くつもり。どしたの?」
通行の邪魔にならないよう、校舎を出て喫煙スペースのベンチに向かう。
「……やっぱいいや、何でもない」
踵を返そうとする備府の腕を捕まえる。
「何でもないってことはないんじゃないの」
備府は困惑した様子で矢追と目を合わせた。
矢追にとっては見慣れた表情でもある。
しばらく口ごもったあと、備府は言った。
「……お前服とかどこで買ってる?」
「特にブランドにこだわったりはしないから、近所のショッピングモールでだいたい済ませてる」
「そうか。あの……今度暇なとき、服一緒に買いにいってくれないか」
矢追に満面の笑顔を向けられ、備府はたじろいだ。
「な、なんだよ」
「僕でいいの?」
備府に何かを頼まれたのは初めてだ。休んだ講義のノートにしろサークルの集まりに備府を度々呼ぶことにしろ、矢追が勝手に気を回しているだけである。
「そりゃ、お前がいいからお前に言ったんだろ」
居心地悪そうな備府の言葉はますます矢追を喜ばせた。
二人で白煙に滲んだベンチに腰掛ける。
「とりあえず今の季節に着れる物一揃い欲しい。あとかばんも。しかし何をどうすればいいのかさっぱりだ」
備府は横目で矢追を見た。
「買い物とかあんま行かねえし服のこととかも全然知らないし、店員に話しかけてこられたら絶対きもいリアクションになるし……」
「いつでも付き合うよ。なんなら今日でも。予算はいくら?三万あれば変な格好にはならないと思う」
「三万……」
備府は肩を落とした。
矢追は備府を撫でたがる手と戦っている。
「バイトしねえとな……」
「…そうだ備府、学生課寄ってバイト募集あるかどうか確かめようよ」
この間の話は本当だったのだろうか。
「僕もバイト探してるところだし」

結論から言うと、私立雲英図書館からのアルバイト募集は存在した。募集人数は若干名となっている。
「ほんとにあったね」
「あったな」
「一緒に応募しようよ」
「ああ」
特別な資格がいるということもない。岡が言っていたのは何だったのだろうか。
「備府ってファッションとか興味ないんだと思ってたよ」
「……まあな」
まあな、とはどういう意味なのか。まあ興味ないよ、なのか、まあファッションに少しは興味があるよ、なのか。
「もうちょっと…ちゃんとしようと思って」
呟いた備府の横顔は矢追が初めて見るもので、その意味を考えるより前に矢追の精神を揺さぶるのだった。
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