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壁(やおいとぽえむとライトノベル)

部室の長机で矢追と穂江は明日の部会の準備をしている。矢追が口を開く。
「穂江さんさ、1号館の地下書店の脇に作り付けの台があるの知ってる?腰くらいの高さの」
「…ええ。壁から凹の字に突き出してるあれでしょう?投票所の仕切りみたいな」
「そうそう。あそこの壁に穴が開いてたの。台の底板が生えてるちょっと上に横に並んで二つ」
「ああ、そういえばあったわね」
「備府君と一緒に本屋に行って気付いたんだけどね、それ見て備府君が『きっとこれは電話台だ』っていうわけ」
「ああ……」
「横の板は音が洩れにくくするためで、穴は電話線が通ってたんだろうね。ここで昔の学生は10円握って順番待ったりしたのかなって思ったらなんか二人でしんみりしちゃってさ」
「1号館は百年経ってるのよね」
「そう、できたときは電話台だって最新の設備だっただろうね。あと教室の隅にある蛇腹のヒーターとかさ」
「そうね」
「『ここの壁が喋り出したらきっとすごい』って備府君が言ってさあ」
「王様の耳はロバの耳」
「そうそれ。ものすごく大量の言葉をあの壁は浴びてる」
「ドラマがあるわね」
「うん。それでなんとなく下をのぞき込んだら口が描いてあった」
「下?」
「底板の下ギリギリの壁にマジックかなんかで書いた跡があるんだよ。二つの穴が目になるような位置に」
「……」
「それみたら胸がいっぱいになっちゃってさ」
「ええ」
「なんていうか…そのときは何も言えなかったんだけど今になって……」
「…その先は私に言っては駄目ね」
「……うん。…うん、そうだね。ありがとう穂江さん」
「幸運ね」
「うん。本当に」

「じゃあ僕お先に失礼しますね」
「また明日」
走り出すのを我慢しているような足取りの矢追を見送り、穂江はぴくりともせずに横たわっている来野を見た。
「案外辛抱強いのね」
来野は寝返りを打って穂江と目を合わせる。
「だってどんなリアクションとったらいいかわからないんですもん」
乱れた髪が顔にかかっている。
穂江はうっすらと微笑みのようなものを浮かべた。
「喜んであげられないの?やきもち?」
「まさか……矢追ってあんなんだったかな、って思って」
「きっとあの二人は親友になるわよ」
穂江の顔に浮かんでいるのははっきりとした笑みになっていた。
「滅多にいないものね、一瞬でも世界を共有できたと錯覚できる人なんて」
「錯覚って言っちゃうんですね」
「錯覚だって自覚したら始まりなの」
来野は匍匐前進で穂江ににじり寄った。
「穂江さん、オレも三次元にハマれる日が来ると思いますか」
来野の神妙な口振りに、思わず穂江は噴き出した。
「…わたしもずっと探してるのよ」
来野は目を見開いた。
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