「ピクニック行きたい」
立ち上がったムニ子が唐突に口にした。
「行ってらっしゃい」
仁王立ちのムニ子を見ないままソファに横たわっているグロ子の手を捕らえ、ムニ子は繰り返す。
「ピクニックに行きたい!」
グロ子はため息をついた。
梅雨の晴れ間があんまり気持ちがいいので、つい自転車を走らせている。
カニ子が通り過ぎる瞬間に道沿いの犬が順に吠えていく。
カニ子はなぜか犬によく吠えられるが、本人は気にしていない。ご近所さんに「あらカニ子ちゃん出かけたのね」と思われていることも知るよしもなかった。
(せっかくだから足を伸ばして中央公園に行こうかな)
『というわけだから、ピャー子はお菓子担当お願いね!』
言うだけ言って電話は切れた。
「お菓子ったって……」
ばかうけぐらいしかないぞ、と思いながらピャー子は出掛ける準備を始めた。
(訊かなかったけど彼もくるのかしら)
「うお、すげえ」
カニ子が中央公園の木陰に自転車を停めてぼんやりしていると、目の前を蝶が横切った。
空色に金色がほんの少し入った夢のように綺麗な蝶だ。大きさは手のひらほどもあるだろうか。
輝く木々の緑の中に溶け込まない美しさは著しくカニ子の興味を引いた。
自転車を放置してカニ子は蝶を追いだした。捕まえようという気もない。もっと近くで見てみたいのだ。
蝶はカニ子をからかうかのように高く低く舞っている。
(きれいだな)
空色は空に溶けそうなほど空色で、金色は日の光を跳ね返して本当の金粉のようだ。
「あれ?カニちゃん?」
なかば飛んでいた意識を引き戻したのは良く知った声だった。
「…ムニ子さん!グロ子も!いやあ偶然ですね!」
レジャーシートを広げている二人に駆け寄る。
「カニちゃん何してたの?」
ムニ子の頭の上のおだんごを眺めながらカニ子は答えた。
「すっげぇきれーなちょうちょがいたんですよ」
振り返ってみるが、とうに蝶の姿はなかった。
「蝶々?」
半笑いでグロ子が口を挟む。
「でっかくて水色と金ですげーの。あんなん初めて見た」
グロ子がにやにやしているのも意に介さず、カニ子はレジャーシートの真ん中に鎮座しているバスケットを凝視している。
「良かったらカニちゃんも一緒にどう?お弁当山程あるし、ピャー子がお菓子買ってくるよ」
「いいんすか?やべえまじうれしー」
今のカニ子の目は何より眩しく輝いていた。
「ピャー子、ほらピーチティーあるよ」
「ありがと。今日ほりぞん君は?」
「一応メールしたけどどうなんだろ。まだバイト終わらないんじゃないかな」
「そう」
「うめぇうめぇ」
「ちょっとカニ子いつまで食べてんの?空気読みなさいよ」
「いいんだよカニちゃん、グロ子は気にしないで好きなだけ食べて」
「あざーす」
「ねえグロ子、ムニ子さんとピャー子さんってほんと仲良しだね」
「そうだね」
「膝枕しておくれよ」
「はあ!?」
「こっちはこっちで仲良くやろうぜいひひ」
「満腹で眠くなるとか本気で五歳児並じゃん」
「ちょっ何怖っグロ子ってばエスパー!?サインください!」
「うるさいな!五分だけだよ!」
「ありがたやーエスパーの膝枕ありがたやー」
「落とすよ」
「良く寝てるわねー」
「五分って言ってたのにグロ子やさしー」
「おねえちゃん替わってよ……」
「やだよ絶対しびれるじゃん。ほりぞん君今からアイス買って来るって。何がいい?」
「ほりさま!?アイスはスーパーカップのチョコレートチップでお願いします!」
「「「あ、起きた」」」
お姉さんキャラのかけらもないね!
グロ子さんのたとえが素敵だったのでちょうちょ追いかけさせてみました
許せる!
書いててすごく楽しかったです