ガシャン、煌びやかな家具達がおかあさんのヒステリックな叫びと共にバラバラに壊されていく様子を私はただレッドカーペットがワインや様々な汚れが染み込んだ絨毯に座り込み、ぼうっと見ていた。そんな私をおかあさんは蔑むような視線で射抜き、言葉の暴力を振りかざしてくるのだ。

「あの人が居なくなった今、あなたなんてただのお荷物よ。」「だいたい感情がないガキを引き取るなんて頭がおかしいんじゃない」「っ…、そんな目であたしを見ないで!あんたのせいで私がこんな目に遭っているのよ!」「しねばいい。あたしの幸せを奪うあんたなんて死ねばいいのよ、苦しんで死ね。」

恨み連ねと紡がれるその言葉はその悪意はその感情論は、私に向けられ、本来ならば、"私"じゃなく"他の誰か"だったら、恐らく罪悪感に苛まれるなんて事が起きるんだろうな、と。今現在私の身に起きている事なのに、どこか他人事のように考えてしまう。それが、私だ。

「聞いているの?!」「あんたっていつもそうよね!何か物事が起きる度に自分は関係ない、みたいな態度を取るの!」「そのほとんどがあんたの原因だっていうのに!」「いい加減にしなさ」






ほら、もう言葉が聞こえない。おかあさんが私に向けて何かを言っているんだけれど、私はもうそれに耳を傾ける余裕は無い。そもそも興味が無い、のだ。興味のない事を聞いてやれるほど、私は出来た人間じゃない。

そう、私はどこか。人間として、絶対的"何か"が欠落しているのだ。

私はおかあさんもおとうさんも血の繋がりのない知らない人。おかあさんとおとうさんは甘い恋愛に落ち、恋し愛し合ったんだけどいつまでたっても子供が出来ないので養子縁組として、私が引き取られたのだ。何故、私だったのか分からないけれど。詳しい事情は知らない。でも経緯は知っている。興味のない事でも嫌でも見ることになるのだから。

グイッ、と強い力で私のザンバラとカットされ、数日お風呂も入っていない油まみれの髪をおかあさんは掴み引き上げた。髪が上に引っ張られてズキズキと頭皮が痛むけれど、やっぱり痛み以外何も"感じない"。どこかに引きずられていく私も、やっぱり何も感じない。

私を引き取る時のおかあさんとおとうさんは、本当に仲の良さそうな夫婦に見えたけど…。
でも、私おとうさんが知らない女性と手を取り合っているところをみたんだ。はて、あれはなんだろう。




ズルズルズル、と着いた所はどうやらバスルームみたいで。大理石で敷き詰められた床はシャンプーやボディソープが撒き散らされていて、少し血痕のような物も見られる。そういえば、さっきおかあさんの手首怪我してたのを見た。

「うわぁ」

思わず声が出た。おかあさんが私の頭を掴み引きずりながら勢い良くバスルームに私を投げたので。ガタゴトンと体のあちこちをぶつけて、痛みは感じれた。おかあさんはずっと何か小さな声でつぶやいている、ブツブツブツブツと。





「」「 」「 」「 」


聞こえないよ、おかあさん。

何かを呟きながらおかあさんは憎しみと絶対的な怒りが篭った視線で私を貫くと共に、水道のノズルを一気に回す。私の小柄な身体はどんどん冷たい水に侵食されていく。足から腹部、腹部から頭へ。



おかあさんが笑っている。おかあさんが泣いている。おかあさんが、



そして私の頭は水に浸かり、上がってこれないようにおかあさんが私の頭を抑えた。

息が出来ない。呼吸ができない。苦しい。言葉の通り、私は苦しんで死ぬみたいで。

でもやっぱり何も感じな

「…て、………る」
「…………や、」
「…ね、……っ!」

何か言っている、少し聞こえたよ。おかあさん。

意識が途切れる。身体の力が抜ける。真っ暗い底にゆっくり落ちていく。

と思いきや、光の側面が覗きこみ、途端に開放された。おかあさんが頭を抑えるのをやめて、私の頭を掴みバスタブの淵に引き上げたからだ。げほん、ごほんと咳き込む私をおかあさんはやっぱり責めた。忌々しい、ゴミを見るような目で。

徹底的に私を苦しめるつもりだ。

そして、殺すのだ。

ズルズルズルズルまた私の身体はどこかに引きずられていく。水責めの次はなんだらう。言葉の暴力の次は、何をするんだらう。


おとうさんがいなくなった理由を私は知っている。おとうさんが私を抱きしめて泣いていたから。

ズルズルズルズル。


悲しそうに、辛そうに涙を流して私の頭を優しく撫でながら、何度も何度も謝っていた事を私は知っている。


ズルズルズルズル。


ねえ、おかあさん。おとうさんがいなくなった理由って本当に私なのかな?



戻ってきた。物が散乱しているダイビングに。ワインや色々な液体で染みになっているレッドカーペットの所に私を所有物みたいにポイッと投げて、おかあさんは私に馬乗りになった。

全体重をかけてくるので、私の身体は押しつぶされてまるでレッドカーペットの染みになるように。

そしておかあさんは私の首に手をかけた。

ねえ、おかあさん。本当にほんとうに私のせいって言えちゃうのかな。ねえ、おかあさん。どうして泣いているの?おとうさんがいなくなって悲しい?ねえ。わたしね、おかあさんもおとうさんも好きだけど、わたし、おとうさんを苦しめるおかあさんはなんか嫌だなあっておもって居たんだけど、それの反対も嫌だなあ。

ギチギチ、と嫌な音を立て私の首を締めてくる。

ねえ、おかあさん。苦しいねぇ。私も今すごく苦しい。おかあさん、おかあさんさっき私に苦しんで死ね、って言ったの覚えているかなぁ。

おかあさん、いっぱいいっぱい苦しんだもんね。手首まで切ったもんね。現に今泣いているもんね。うんうん、私見てきたから知ってるよ。だからね、










「お前が死ね」








おかあさんがヒステリックになって壊した物の破片でおかあさんの首をかっ切った。ピシュなんて陳腐な音を立てながら血が溢れて、おかあさんは壊れた人形みたいにレッドカーペットに崩れ落ちた。

おかあさんがいっぱい苦しんだこともおとうさんがたくさん悲しんだ事も私は知っているよ。だから、二人とも私が幸せにしてあげるから、ね。何も心配しなくてもいいんだよ。おやすみ、ふたりとも。

またあした。





「今日未明、安倍川県十四地区で資産家である夫、矢部靖国さん(49)と妻、矢部若菜さん(45)の死亡が確認されました。夫、靖国さんの死亡原因は睡眠薬の多量摂取、自殺と思われますが、妻、若菜さんに至っては刃物のような物で首を切られた状態で遺体となって発見されました。又、この二人は子宝に恵まれず養子を引き取ったとされる矢部亜子(16)さんがどちらも殺したと供述しており、亜子さんの精神鑑定と共に事件の究明を急ぐとしています。次のニュースです」