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金、ホモ、フレンズ(BL注意)@三題噺


僕たちが住んでいるこの街は悪い意味でとても有名だ、金や暴力、セックスという人間の薄汚い三大欲求に埋もれている。それだけじゃない、人間は誰しも心の中に罪を飼っているという話を聞いたことはあるか。飼い慣らしもしない凶暴な本能を現実世界に解き放っているのだ。信じられるだろうか。感情の赴くままに誰かを殺し、誰かを犯し、そんな残忍で残酷な狂気の沙汰とも言える地獄絵図が映画のワンシーンかのように僕の目前でただ繰り広げられるんだ。正気を保っていられる人間などいる方がおかしいのだ。そう、これはそんな狂いに狂った小さな街で起こった僕の恋愛物語だ。こんな話の冒頭でなにが純愛だと君は感じただろう、よしてくれわかりやすい思考回路は何にも面白くないし、僕の興味も生まれない。正直、君の意見なんて僕は聞く耳さえ持たないけど、僕への惚気話には全神経を向けて欲しいんだ。ワガママでごめんよ。さて、それじゃ、僕の初恋相手について語っていくことにしよう。ここではAと表記させて頂くね。Aとの出会いは、フレンズという名のホモバーだった。店内はピンクのネオンで雰囲気が醸し出されていて女の姿なんて一人も居やしないのに、妙にイヤらしくて不思議と興奮していくのが分かったよ。初めての場所で緊張もあったんだろう。僕は扉近くの椅子に腰をかけたんだ。お酒なんて普段飲まないから水を注文した覚えがあるよ。ただただ店内の雰囲気に圧倒されて、誰かと会話をすることなく水をグビグビ飲んでいたんだ。そんな様子がおかしかったのか。誰かが僕におかしそうにケタケタ笑いながら話しかけてくれたんだ。

「そんなに喉が渇いていたのか?」

こんな店内にはあんまりそぐわなさそうな落ち着いた髪色をした青年が僕を笑っていた。それがAとの出会いだった。自然なそぶりで僕の隣に座り、

「初めまして、俺の名前は」

慣れたように自己紹介をしてくれるAからはとてもいい匂いがした。低すぎず高すぎず絶妙な声色が緊張の糸を解いていってくれるようなそんな錯覚に陥った。

「ここに来るのは初めて?」

優しい声音で話しかけてくれるAにすっかりほだされた僕は意気揚々と会話に参加してしまった。Aとの会話はテンポが良く、いつの間にか自然に笑い声が店内に響いてしまっていた。時間はあっという間に過ぎていき、別れの時間が刻一刻迫る中、名残惜しい僕はつい言葉を漏らした。

「また君に会えるかな。」

僕のその言葉に素っ頓狂な表情を表したAがにこやかに笑いながらこう言った。

「勿論だとも。俺も君に会いたいよ、そうだ。この後時間ある?」

今度は僕が驚いた表情をする番だ。突然の誘いだった。一瞬で恋に落ちた僕がこれを断る理由なんて勿論ない。二つ返事で了承し、金を払い僕とAは肩を組んで店を出た。

外はすっかり暗くなっていた。街灯があまりない暗がりな道は誰かを引きずり込もうとそっと息を潜めている。そういえば、最近連続殺人事件が頻発しているらしいな、とふと脳裏に思い浮かんだ。この街のニュースじゃない。ヨソの街の、まだこことは違う平和ボケしている街の、だ。この街じゃ誰も殺しなんて囃し立てない。ただの日常の片鱗が見えただけの事さ。ーー告白しよう、正直言うと僕はこんなトチ狂った街の生まれじゃない。両親が死んで住む家を失った僕が人としてのライフラインを維持できるのはここしかなかったのだ。住み始めて数ヶ月、慌ただしく僕の生活は歯車のように動き出し、徐々に慣れてしまっていた。今となっては僕もこの街の一部というワケさ。皮肉な話だろう。

「あのさ」

Aの言葉にふいに意識を思考回路から現実に戻された。頬を指先でポリ、と掻いて何かをいいあぐねているAに僕は首を傾げて「どうしたの?」と質問をする。そうするとAは、戸惑いの表情を浮かべながら話し出してくれた。

「君は俺のことを好いてくれているだろう。俺も君が好きだ。だから告白する、実は」

うん、と静かに頷く僕に君は言葉を吐露する。

「俺はゼノフィリアなんだ」
「ぜの…、なに?」
「ゼノフィリア」
「ごめん、Aが何を言っているのか僕には理解できな」

瞬間、僕の視界が反転した。冷たい無機質なコンクリートに僕は押し倒された。Aの顔が僕のすぐ顔近くにあり、その息はとても荒い。先ほどの和気藹々とした空気など微塵のカケラもなかった。そして、骨太なAの手のひらが僕の首元へ移動し絞め始めたのだ。状況をまるで理解できない僕はまるで牙を剥いた子猫のようにジタバタと暴れるがまるで意味を成さない。ふと、気道を解放された僕は勢いよく咳き込みながら体をくの字に曲げながらAを見上げると、Aは恍惚な表情を浮かべていた。

「A…?」

そしてAは自身のベルトに手をかけた。

それ以降の記憶はない。目がさめると僕はお天道様の下、コンクリートを背に一夜を過ごしてしまった。けだるく重たい体を引きずりながら今日も今日とて喧騒で騒がしい町並みをBGMにして、帰路につく。何があったのか詳細を思い出そうとするだけで頭痛がしたが、Aのあの表情が脳裏に焼き付いて離れない。あの、僕に対するイヤラシイ目つき。ああ、ああ、とても"ゾクゾクした"

これが僕のいう初恋物語だ。どうだろう、とても純愛だろう。あれからというもののAとは連絡が取れないし、フレンズという店も営業自体やっていない。狐につままれた気分だ。だけど、僕の中の本能を呼び起こされたようなそんな錯覚にも陥る。僕の中にも飼っていたのだろうな。それを。そんな思考に行き着く僕はすっかりこの街の住人とも言えようか。





無題

僕が初めて殺意を覚えたのは小学生の時だ。隣の席のアイコって女がよく陰湿な嫌がらせをしてきて、段々とエスカレートしていくその行為に嫌気が差していた。極め付けにはそれらは全て好意の裏返しだなんてそんな都合のいい事を抜かすアイコが嫌いでしょうがなかった。アイコにボロボロにされた筆箱からむき出しになっているコンパスで刺し殺してやろうかと思ったくらいに、僕はそいつのことが嫌いだった。中学生に上がってもアイコが僕に対する態度はまるで変わらなくて、僕はアイコに虐げられる毎日を今の今まで送ってきたのだ。そしてついに僕は決意した、好意の裏返しで人を傷つけ貶め苦しめることができるのならば、それの逆も然りだと。僕はそうやって綿密に慎重にゆっくりと殺人計画を立てることを。そうしてついに、ようやっと僕の輝かしい夢が叶おうとしている、愛を囁いて触れたくもない白く透き通った肌に指を這わせ甘美な喘ぎ声に耳を傾け、このオンナが喜びそうなことをただただやった。それはなんのことのない僕の中に潜む殺人衝動を抑える為に、そして陥れ、最大に傷つけ苦しめる続ける為に。

2/14 バレンタイン/拉致/三角関係

バレンタイン/拉致/三角関係

2月14日、今日は誰もが…いや訂正しよう。主に学生たちが賑わうバレンタインデーだ。好意を寄せる男性や親しい友人に愛を込めて手作りチョコレイトを渡すこの日限りの限定大イベント。当日賑わないワケがないのだ。教室ではむせかえるような甘い匂いが充満しており、周囲を見渡せば所構わず男女のイチャイチャシーンが視界に入る。朝の登校日にこんなものを見せられる僕の身にもなってほしいものだ。正直胃のムカつきさえも感じてきてしまっている僕は一刻も早くこの場から避難したいと思っていたその時。

「おっはよー!純二!」
「うっす、おはよ加奈子」

声をかけてきた女生徒。こいつの名前は新屋加奈子。僕の住む家の隣に住んでいて、なおかつエロゲやギャルゲにありきたりな所謂幼馴染、という設定をもっている。

「あのさぁ、B組の白石直美とC組の山井健太って前々から付き合っていたじゃない?」
「ああ、そういえばそうだっけ?」

僕は幼馴染であるこいつの事をあまり知らない。長年付き合ってきたと言っても過ごしてきた時間はそう多くはないのだ。知っている情報はあまりに少ないがそうだな…ピーマンは食べれるけどししとうは苦手とか文句を言う少しわけの分からない奴で後は頭は良く交友関係も幅広いみたいで、だからなのかどこの誰が好いているとか、食堂のあの品物は美味しいとかそういった情報網がえげつない、よって多分噂話が彼女は好きなのだろう。

「そうそう!それがさ、なんと健太くんの事が好きだと名乗る女の子が現れたんだよね!」
「へぇ、それいつ情報?」
「今日!なんとその女の子、健太くんと同じクラスの子でね。彼女の直美ちゃんとチョコの受け渡しをしているところに颯爽と現れて『本命です受け取ってください』って言ったんだって!」

朝っぱらから元気な彼女の姿に思わずクスリと笑って、

「すごいね、その子。勇気あるじゃん。」
「うんっ、やばかった〜!なんで純二、その場で居合わさないかなー?本当にねすっごかったんだよ!もうドロドロ!ドラマみたいな三角関係勃発〜!」
「えっ、またいつもの風の噂じゃなくて?」
「えっ、違うよ?今日はナマで見たんだ!」

どうやら彼女はとても物好きのようだ。僕が野次馬の立場だったら、学校に来て早々そんなヒューマンドラマを見せられても胃どころか気分さえも悪くなってしまいそうだ。うぷ、と僕は思わず口を抑えた。

「もう〜、ほんとに純二はこういう話嫌いだよね!すぐそうやって〜、」

勘弁してくれ。僕の胃へのキャパシティは既にオーバーしている。説教なんてもうやめてくれ。頼む。僕は適当に諂ってそれで、と話題を切り替えた。

「ん?あ、そうだった〜!あのさ、今大丈夫?大丈夫だよね?」
「いや大丈夫じゃない。早く清潔な空間に行きたい。出来れば甘い匂いがしないところ」

反射的にそう答えると彼女はまるで悪戯事を考えているようないやらしい笑みを浮かべ、

「屋上に行こ!」
「まじかよ」

ああ、ツイてない。今日はとことんツイてない。こういう顔をする彼女はもう誰も止められないのだ。前もそうだった。うまい棒を買い占める、ただそれだけの為に僕は泣く泣く金を出した記憶がある。そう…振り回されるのがオチなのだ。全く…チョコレイトデーなんて一体全体誰が決めたんだ。僕にとっては地獄以外の何ものでもないのに。ああツイてない。こんな形で連行されるなんて。もはや、拒否権が存在しない以上これは誘拐、いや拉致と言っても間違いではないと思うのだが。中庭に行って新鮮な空気を吸い森林浴を楽しみ、そして本を読むという僕の本日の予定はこの一言で崩されたのだ。バレンタインデーなんてくそくらえ。世のリア充共よ、永遠に爆発しろ。そして、ほんの面積の少ない僕の世界よ、平和であってくれ。グッドバイ、ハロー。高所恐怖症の僕に喧嘩を売るつもりの屋上さん。そうして僕の日常は切り崩されてゆく。

to be continude,,,?

無題

ガシャン、煌びやかな家具達がおかあさんのヒステリックな叫びと共にバラバラに壊されていく様子を私はただレッドカーペットがワインや様々な汚れが染み込んだ絨毯に座り込み、ぼうっと見ていた。そんな私をおかあさんは蔑むような視線で射抜き、言葉の暴力を振りかざしてくるのだ。

「あの人が居なくなった今、あなたなんてただのお荷物よ。」「だいたい感情がないガキを引き取るなんて頭がおかしいんじゃない」「っ…、そんな目であたしを見ないで!あんたのせいで私がこんな目に遭っているのよ!」「しねばいい。あたしの幸せを奪うあんたなんて死ねばいいのよ、苦しんで死ね。」

恨み連ねと紡がれるその言葉はその悪意はその感情論は、私に向けられ、本来ならば、"私"じゃなく"他の誰か"だったら、恐らく罪悪感に苛まれるなんて事が起きるんだろうな、と。今現在私の身に起きている事なのに、どこか他人事のように考えてしまう。それが、私だ。

「聞いているの?!」「あんたっていつもそうよね!何か物事が起きる度に自分は関係ない、みたいな態度を取るの!」「そのほとんどがあんたの原因だっていうのに!」「いい加減にしなさ」






ほら、もう言葉が聞こえない。おかあさんが私に向けて何かを言っているんだけれど、私はもうそれに耳を傾ける余裕は無い。そもそも興味が無い、のだ。興味のない事を聞いてやれるほど、私は出来た人間じゃない。

そう、私はどこか。人間として、絶対的"何か"が欠落しているのだ。

私はおかあさんもおとうさんも血の繋がりのない知らない人。おかあさんとおとうさんは甘い恋愛に落ち、恋し愛し合ったんだけどいつまでたっても子供が出来ないので養子縁組として、私が引き取られたのだ。何故、私だったのか分からないけれど。詳しい事情は知らない。でも経緯は知っている。興味のない事でも嫌でも見ることになるのだから。

グイッ、と強い力で私のザンバラとカットされ、数日お風呂も入っていない油まみれの髪をおかあさんは掴み引き上げた。髪が上に引っ張られてズキズキと頭皮が痛むけれど、やっぱり痛み以外何も"感じない"。どこかに引きずられていく私も、やっぱり何も感じない。

私を引き取る時のおかあさんとおとうさんは、本当に仲の良さそうな夫婦に見えたけど…。
でも、私おとうさんが知らない女性と手を取り合っているところをみたんだ。はて、あれはなんだろう。




ズルズルズル、と着いた所はどうやらバスルームみたいで。大理石で敷き詰められた床はシャンプーやボディソープが撒き散らされていて、少し血痕のような物も見られる。そういえば、さっきおかあさんの手首怪我してたのを見た。

「うわぁ」

思わず声が出た。おかあさんが私の頭を掴み引きずりながら勢い良くバスルームに私を投げたので。ガタゴトンと体のあちこちをぶつけて、痛みは感じれた。おかあさんはずっと何か小さな声でつぶやいている、ブツブツブツブツと。





「」「 」「 」「 」


聞こえないよ、おかあさん。

何かを呟きながらおかあさんは憎しみと絶対的な怒りが篭った視線で私を貫くと共に、水道のノズルを一気に回す。私の小柄な身体はどんどん冷たい水に侵食されていく。足から腹部、腹部から頭へ。



おかあさんが笑っている。おかあさんが泣いている。おかあさんが、



そして私の頭は水に浸かり、上がってこれないようにおかあさんが私の頭を抑えた。

息が出来ない。呼吸ができない。苦しい。言葉の通り、私は苦しんで死ぬみたいで。

でもやっぱり何も感じな

「…て、………る」
「…………や、」
「…ね、……っ!」

何か言っている、少し聞こえたよ。おかあさん。

意識が途切れる。身体の力が抜ける。真っ暗い底にゆっくり落ちていく。

と思いきや、光の側面が覗きこみ、途端に開放された。おかあさんが頭を抑えるのをやめて、私の頭を掴みバスタブの淵に引き上げたからだ。げほん、ごほんと咳き込む私をおかあさんはやっぱり責めた。忌々しい、ゴミを見るような目で。

徹底的に私を苦しめるつもりだ。

そして、殺すのだ。

ズルズルズルズルまた私の身体はどこかに引きずられていく。水責めの次はなんだらう。言葉の暴力の次は、何をするんだらう。


おとうさんがいなくなった理由を私は知っている。おとうさんが私を抱きしめて泣いていたから。

ズルズルズルズル。


悲しそうに、辛そうに涙を流して私の頭を優しく撫でながら、何度も何度も謝っていた事を私は知っている。


ズルズルズルズル。


ねえ、おかあさん。おとうさんがいなくなった理由って本当に私なのかな?



戻ってきた。物が散乱しているダイビングに。ワインや色々な液体で染みになっているレッドカーペットの所に私を所有物みたいにポイッと投げて、おかあさんは私に馬乗りになった。

全体重をかけてくるので、私の身体は押しつぶされてまるでレッドカーペットの染みになるように。

そしておかあさんは私の首に手をかけた。

ねえ、おかあさん。本当にほんとうに私のせいって言えちゃうのかな。ねえ、おかあさん。どうして泣いているの?おとうさんがいなくなって悲しい?ねえ。わたしね、おかあさんもおとうさんも好きだけど、わたし、おとうさんを苦しめるおかあさんはなんか嫌だなあっておもって居たんだけど、それの反対も嫌だなあ。

ギチギチ、と嫌な音を立て私の首を締めてくる。

ねえ、おかあさん。苦しいねぇ。私も今すごく苦しい。おかあさん、おかあさんさっき私に苦しんで死ね、って言ったの覚えているかなぁ。

おかあさん、いっぱいいっぱい苦しんだもんね。手首まで切ったもんね。現に今泣いているもんね。うんうん、私見てきたから知ってるよ。だからね、










「お前が死ね」








おかあさんがヒステリックになって壊した物の破片でおかあさんの首をかっ切った。ピシュなんて陳腐な音を立てながら血が溢れて、おかあさんは壊れた人形みたいにレッドカーペットに崩れ落ちた。

おかあさんがいっぱい苦しんだこともおとうさんがたくさん悲しんだ事も私は知っているよ。だから、二人とも私が幸せにしてあげるから、ね。何も心配しなくてもいいんだよ。おやすみ、ふたりとも。

またあした。





「今日未明、安倍川県十四地区で資産家である夫、矢部靖国さん(49)と妻、矢部若菜さん(45)の死亡が確認されました。夫、靖国さんの死亡原因は睡眠薬の多量摂取、自殺と思われますが、妻、若菜さんに至っては刃物のような物で首を切られた状態で遺体となって発見されました。又、この二人は子宝に恵まれず養子を引き取ったとされる矢部亜子(16)さんがどちらも殺したと供述しており、亜子さんの精神鑑定と共に事件の究明を急ぐとしています。次のニュースです」



お題/動物園、カレー、携帯電話

午前十時、今日は初彼女と動物園デートだ。待ち合わせ時間より一時間も早く来てしまった。彼女の姿はまだない。緊張からかソワソワして仕方がない。大丈夫だ抜かりはない、何度も何度も服装チェック、カバンの中身チェック、朝ごはんは口が臭くならないように食パン一枚、コーヒーではなく紅茶を飲んで来た。体臭は問題なし、髪型は少しワックスで。身なりに問題は無いはず。大丈夫だ。天気予報だって何回確認したことか。全ては今日のために。

午前十時半。待ち合わせ時間まで残り三十分。彼女の姿はまだない。

彼女とは大学のサークルで出会った。俺の一目惚れだった。栗色のウェーブがかかったロングヘア、丸みを帯びた栗色の瞳。微笑むとえくぼが出来てとても愛らしいその表情に。

さりげないボディタッチも、こまめな連絡も忘れずに、全ての準備を兼ねたアプローチは彼女の心に届いたのだ、俺の努力は決して無駄で終わらなかった。サークルの帰り道、夜の繁華街、歩道橋の上で告白した。答えはイエスだった。念願の交際がついに叶った瞬間だった。俺はあの時の喜びを決して忘れない。

午前十時四十分。待ち合わせ時間まで残り二十分。彼女の姿はまだない。

彼女と話す毎日はそれはもう周囲のもの全てが色づくような感覚だった。これが、春が訪れる、という事なのだろうか。恋、というものは素晴らしい。人をここまで幸せにしてくれるものだから。
午前十時五十分。待ち合わせ時間まで残り十分を切った。彼女の姿はまだない。

おかしい。ここに来て不安感を覚える。何故なら彼女の行動において、十分前行動は当たり前なのだ。

まだ寝ているのだろうか。ここに来るまでに何か事故にでも巻き込まれたのだろうか。変な男に付きまとわれているんだろうか。不安が不安を呼び、嫌な予感ばかりが頭によぎる。

午前十一時。
待ち合わせ時間になっても、彼女が来る様子が無い。何故だ。嫌なことばかりが思い浮かんで思わずふらついてしまう。青い空には神々しく太陽が昇っていて、対して暑くもないのに嫌な汗が額を流れた。ふと、ズボンのポケットに入ってある携帯電話が光っているのに気がついた。開いて見ると某SNSサイトからメッセージが一件。それは、まだかまだかと待っていた彼女からだった。俺は急いで開いた。そして内容に愕然した。

『やっぱり、貴方とはお付き合い出来ない』
『別れましょ。連絡先消しました。金輪際、関わらないで。』

何故だ。何故。何故何故何故何故何故what?!俺の何がいけなかったんだ。俺の何がダメだったんだ。気に入られようと努力、努力!努力をして!あれは、全部…、嘘だったのか…?

俺は急いで連絡先を開いて彼女に電話をかける。コール音が数回鳴り響いて、出たのは機会音声。何度繰り返しても同じだった。SNSも、メールも。連絡手段全てが。

拒否されてる事実は受け入れがたいものだった。

「…、フラれたのか俺は。」

口に出して、飲み込んで。ようやく理解が出来る。冷静に。とにかく、何かしらダメな要因があって、フラれた。そう言う事だ。

午前十一時半。
こんな状況下でも腹は減るみたいで、放心状態の脳とは違って、俺の腹は随分呑気だ。

「カレー…食べるか。」

目先にフードコートがある。真っ先に目についたのがカレー屋さんだ。食欲を促進する匂いが鼻を刺激する。この際口臭なんてものは気にしなくていい。こうなればヤケだ。俺はただ空腹を満たす為だけに、食う!後、このやり場のない感情のはけ口をカレーに捧げてやる。

フードコートに向けて、足を進める。やはり休日の昼間の動物園というのは、家族連れやカップルが多いみたいだ。仲良さげに寄り添う男女を見ると一気にテンションが下がる。

お目当てのカレー屋さんに着いた。メニューを一通り目で追ってとにかくボリュームがありそうなカツカレーを食べることにした。レジに並ぶとおばさんが無愛想な態度で、

「いらっしゃいませ、お客さん。何にします?」

「え…あ、カツカレー三つください。スプーン一つとお箸も一つ付けてください。」

無愛想というか、敬語のけの字もなっちゃいなかった。

「メンドクセ…カツカレー三つで合計1050円です。」

何なんだこの店員は。面倒くさいならそもそも働いてんじゃねえよ。クソババア!

「1050円ちょうどもらいますねー。レシートは、」
「結構です。」

レシートなんて無駄なゴミはお断り。小さく舌打ちされたような気もしなくもないけど気にしない。俺の興味は全てカツカレーに向いているのだから。

カツカレーを頬張りつつ、周囲の景色をただ楽しむ。楽しげに笑い合う小さな子供たち、動物の被り物をしてる女の子、ベビーカーを押している母親、虎がかっこいいやら、フラミンゴは綺麗だった、と各々感想を言い合っている遠足で来ているであろう小学生達。恋人繋ぎをしている男女。

「あー、カツカレーうんめー。」

一気に気分が落ちたような気がしたのは気のせい気のせい。

午前十二時半。
カツカレーを平らげた俺は背伸びを一回してゴミを捨てにゴミ箱に向かう。

「あれ?」

そこで覚える違和感。
少しフードコートから離れた場所、動物達がいる檻の付近。あれだけの賑わいを見せていたフードコートと反比例。なんだ、この静けさは。


妙な不気味悪さを感じつつゴミ箱を発見した俺はゴミを捨てようと腕を伸ばした、ところで。アナウンスが入った。ピンポンパンポン、というありきたりなBGMと共に流される機会音声。

『ご来場の皆様、本日は田中動物園にお越し頂き誠にありがとうございます。実はこちらの不手際で、ライオン一匹が脱走しました。』

「は?」

『このような事態になってしまい、大変申し訳なく思っております。ライオンが逃げないように出入り口封鎖と共に。各動物コーナーのところに係りの者が立っておりますので、ライオンを見かけた際にはすぐに申しつけくださるようご協力お願い申し上げます。逃げるなら今のうち、です。出入り口封鎖は五分後に完全封鎖します。本当に申し訳ございません。』

ピンポンパンポン。

「いやいやいやいやいや、は?」

ライオン逃げたとかやばくね。え?出入り口封鎖って、なに。は?逃げ遅れた奴に死ねってことか、は?

事態が全くもって理解ができない。いや出来るはずがない。とりあえず五分で完全封鎖を遂げる前に脱出しなげればならない。俺は何故かゴミを捨てずに出口に向けて足を動かした。

午前十二時五十分。
さっきまでの賑やかさが嘘のようにフードコートは静まり返っていた。カレー屋さんの店員も何処かに消えていて、食べかけのものや中身が入ったジュースが倒れていたり。とにかく悲惨だった。

出口に向かう為にはここを通らないといけない。息が切れる喉を休めないで走り続けようとした時。子供の泣き声が聞こえた気がした。これだけの事が起きていて、泣き声の一つや二つはきっとおかしくはないんだろうが、そういう類いのものではない。こう、何か。目の前にとんでもないものがいて、じぶんではどうにもならない、そんな絶対的な危機が迫っているような、救いを求めるようなそんな感じだった。

俺は生唾を飲み込んで恐る恐る泣き声のする方へ歩を進めた。そこは、木陰と岩で出来ているジュラシックパークを連想させるような場所だった。そして、そこには、小柄な男の子と、ライオン一匹。

「いや、いやいやいや。」

思わず後ずさりした。非現実過ぎて、受け入れきれない。おかしい。一体なんだ、なんなんだ?目の前に起こっている出来事は、これは、何なんだ?

「うぁ…お母ざ…お母ざんんんどこおおおうああああああぼく死んじゃうの…やだあああお母ざああああ」

泣いている。小さな体を恐怖で震わせて。大きな声で助けを求めている。ライオンは、静かに佇んでいる。

どうする?

「いや、どうするってなんだよ…」

俺は、警察じゃないぞ。自衛隊でもない。特別鍛えられているようなSWATでもない。俺にとってあんなのテレビの中だけの世界だ。無理だ、無理無理。麻酔銃なんて所持してないし、ライオンの捕獲の仕方なんて知らない。それに、俺の身に何かあったらどうするんだ。まだ死にたくない。ここは、見なかったフリをして、係員を呼んでくるのがベストだ。……いいのか、見なかったフリなんかして。泣いてるんだぞ、子供が。怖くて怖くて誰かに助けてもらおうと、声をあげているんだぞ。救いの手を差し伸べているんだぞ。

「くっそ…こええ…こええけど、やるしかないのか…?」

このまま見て見ぬフリなんて、俺の良心が痛む。それに何より差し伸べている手を振り払うなんて事は俺にはできない。くっそ。

くっそ、くっそ!……やってやる。俺の装備は…、と考える。

さっきカツカレーを食べた時のスプーン、割り箸くらい、か?カバンの中身は対したものが入っていない。携帯電話があるが警察を呼んだところで今どうにかなるわけじゃない。どうする。

「っ、ふぇ…ゲホゴホっ…おかあさ…っ」

悩んでいるヒマはない。やってやる。もうどうにでもなれ。

考えなしだった。とりあえず俺はライオンに飛びかかった。男の子はびっくりしたように、ぽかんと惚けた表情をして泣き止んだ。良かった。ライオンはすぐさま攻撃体制にはいった。鋭い爪を振りかざして俺の服を破いてくるので、俺は迷わず逃げた。

無理。

無理無理無理!死ぬって!まじで!

後ろをクルッと首だけ向けたら、すごい極悪なツラをしたライオンがものすごい速度で追って来ていた。標的を男の子から俺に変えたらしい。良かった。…良かったの、か?

あの男の子が無事お母さんに出会えていたらいいなと願いつつ。

このままだと確実に死ぬ。

どうする?全力で走りながら必死に考える。その間にも距離はどんどん追い詰められる。

「っ…た、高いところ!!!とりあえず高いところに!」

頭の中にポンっと浮かんだアイデアを元に、右に曲がるとそこには猿のゾーンがあった。此処はオランウータンやニホンザルが見られる猿の種類ばかり集められている場所みたいで、猿がいつでも木登りできるように、木がたくさん植え付けられている。そして俺は迷わず木に登った。一番上を目指して。隣の木に昇っていた猿が「なんだてめえは」とばかりに威嚇してきたがそれどころじゃない。

しかし、そこで。焦りすぎたのだ。携帯電話はズボンのポケットに入っている。そうズボンの尻ポケットに。

あ、と思った時には既に遅し。携帯電話はズボンのポケットから地面に落下。そして、木の根元には怒り狂ったライオンが一匹。

絶望だった。

助けを呼べないこの状況。結局俺はこの状態を夕方になってまで継続することになった。木の上で泣く泣く待機。ライオンは微動だにしなかった。ジィっとこっちを見てくるだけで。

この状況を救ってくれたのは、さっき助けた男の子だった。どうやらあの後無事母親と合流出来たらしく、俺のことを気にかけて相談してくれたみたいで。母親が担当の方二人と、麻酔銃を持った警察の方が助けてくれた。

何故場所がわかったのかと聞いて見ると、男の子はこう答えた。

「こわいこわいー!ってなってるときはね、なんとなくね、ふいんきでわかるんだ!」

雰囲気、な。なんてツッコミが出来る余裕なんてなかった。どういうことだってばよ。

兎にも角にもライオンは無事に捕獲されたらしく。檻を噛みちぎって脱出したんだって。そこまでして出たかった理由ってのはなんなんだろうか。野生にでも戻りたかったのか。なんて首を傾げるばかりだが。

彼女にドタキャンされた挙句にフラれるわ、カレー屋さんのおばちゃんは頭にクるわ、ライオンに追いかけられるわ、携帯電話は落として壊すわ。散々な一日だったけど、

「お兄ちゃん、助けてくれてありがとう!」

笑顔を守れたのなら俺はそれで満足だ。



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