軒先の牡丹はしぼんで見る影もなかった。
朝から降っていた雨は昼から吹き出した風に巻き込まれるようにして全てを湿らせていく。
靴どころかズボンまでぐっしょりとぬれてまとわりつく脚をのったりと動かし、矢追は帰宅した。
「ただいま」
いつもの癖で呟くと、予想外に返事があった。
「おかえり」
見ると両手に自分のスニーカーをぶら下げた備府が突っ立っている。
「帰ってないの?なんで靴もってんの」
今日も学校に行かなかったのだろうか。
昨日泊まりに来たままの格好で、備府は矢追が靴を脱ぎ、続けてズボンを脱ぐのをぼんやり見ている。
「隠れようかと思ったんだけどめんどくなった。つーかなんでズボン脱いでんだお前」
「雨すごくてさー」
お風呂入っちゃおー
矢追は洗濯機にズボンを放り込むと湯舟に湯を張り始めた。
「リッチだな」
備府が後ろからのぞきこむ。
「たまにはねー。シャワーだけだと入った気がしない」
部屋に戻ると黒い円盤がテーブルの上にあった。
「何これ」
「知らん」
「なに?」
「ホ、ホットケーキ」
苦かった、と備府は言った。それもどこかぼんやりとしていて矢追は不安になる。
「体調悪いの?」
「いや・・・腹減ったと思ったんだけどそうでもなかった」
寒くもないし、頭痛くもないし
腑に落ちない様子で備府は首を傾げる。
「とりあえず靴置いてきなよ。まだ帰らないでしょ?僕風呂入ってくるから」
「うん」

「あのさー」
「なにー?」
「後で弁償すっから!」
「何がー?」
「ホットケーキ!」
「えー?」
「だからホットケーキ!」
矢追はシャワーの栓をひねって止めると風呂場のドアを開けた。
「別にいいのに」
なんで今このタイミングなのか疑問だがそこはあえて訊ねない。
「あ、うん」
「一緒に入る?」
「なんでだよ!やだよ」
「やなの?」
「や、やだよ当たり前だろ、いいからもう入れよ」
備府は矢追を押し込もうと出した手を触れる前に引っ込めると逃げるように後退りした。

矢追は風呂から上がると円盤の焦げを切り落とし、ハムとチーズとレタスを挟んで二人で食べた。
備府は珍しく常に手の届く範囲に居続け、終いには読書している矢追の胡座をかいた腿に頭を乗せて寝た。
矢追は内心いつ隕石が落ちてくるのか戦々恐々としたが顔には出さなかった。
お腹減ってるんじゃなくて寒いんでもなくてただ寂しいんじゃないのか、ということも口には出さなかった。










多分会ってからそんなたってない