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土曜日のピーマン(そうじとシャワートイレ)

ガストのハンバーグを食べ終わっても、まだメールの返事は帰ってこない。

「八幡くん」
「爽島」
そう呼び合うようになって8年経っていた。中学に入って初めての席替えで隣りになったその日から。
呼び名は変わらなかったが呼び掛けに含まれる感情は変化した。変化し続けて、今に至る。
(きっと今日はサークルの仲間と飲みに行っているだろう。そこにはあの子がいるのだろう。朝帰りしてきてあっけらかんと謝るに違いない)
爽島の準備は万端だった。

合鍵で部屋に入ると服をジャージに着替えてマスクをし、髪をまとめて三角巾で覆う。エプロンをつけてポケットにゴム手袋を入れておく。心が浮き立って来るのがわかった。
私物をまとめる。部屋着とバスグッズ、ドライヤー、マグカップ、貸していたCD、本、枕、携帯の充電器。手際よくキャリーケースに詰め込む。十分とかからなかった。キャリーケースは玄関に置く。
(軽い)

部屋干ししたままだった洗濯物を取り込み、きれいにたたんでクローゼットにしまう。
自分が普段からこまめに掃除していたのはこの日のためだったのではないかという気すらしてくる。
ハンガーを外に出し、ベランダを確認する。余計な物はない。ポリバケツに分類済みのゴミがあるだけだ。窓を拭くのは明日にしよう。
窓を閉める。6畳のフローリングの部屋に上からはたきをかけていく。エアコンのフィルターを外して風呂場に置く。雑誌の間になにか挟まっていないかめくって確認する。手袋をはめる。濡れぶきできるものには消毒液をつかった。布団カバーの類ははがして洗濯機に放り込む。
(これも明日)

爽島の部屋に八幡の痕跡はとうにない。消す必要もなかった。半年前に一人暮らしを始めてから、八幡は一度も爽島の部屋に来ていない。
冷蔵庫を開ける。予想通りほとんど空だった。しなびたモヤシを捨て、拭く。電子レンジも拭く。
床は埃を舞い上げないよう静かに雑巾をかける。
(動いた分だけきれいになる掃除はとても理にかなっている)
しかし掃除をすることが理にかなっているわけではなかった。

八幡との8年を思い返す。彼に甘やかされてばかりだった、と爽島は思う。
台所の流しに水をため、ヤカンに湯を沸かす。流しの下の物を出し、拭いて元に戻す。湯が沸いたら流しに足してぬるま湯にし、重曹と洗剤を溶いて換気扇と五徳を漬ける。
湯が冷めるまでにトイレを掃除する。トイレットペーパーのストックは充分だった。
古い歯ブラシで換気扇と五徳の汚れを落とす。水を抜いてよくすすぎ、乾拭きして元の場所に戻す。蛇口周りをナイロンでみがく。
(今日はここまでにしておこう)
明日は6時に起きるのだ。
メールはまだこない。

体が痛かった。布団を使う気になれず、枕だけで床に寝たのが原因だ。
シャワーを浴びる。鏡を見るとやはり楽しげな顔をしている。ずっとこうしたかったのかも知れない。彼の心変わりのせいになどできないのかも知れない。
服を着て髪を乾かし、紅茶を淹れてゆっくり飲んだ。
エアコンのフィルターを洗い、窓を拭き、風呂場を掃除する。
布団にコロコロをかけながら、間抜けな名だ、しかしコロコロとしか呼びようがないのも確かだ、と思う。

9時になるのを待って洗濯機を回し、爽島は商店街の朝市に出かけた。買う物は決まっている。
快晴だった。詰め放題のピーマンはつややかだった。薄いビニールを手に取る。
「おねえちゃん、袋はこうやってのばしてからじゃないと」
六十がらみの婦人に声をかけられる。
「一袋百円だから二十個は入れないと元取れないわよ」
婦人はにこにこと笑いながらみっちりとピーマンを詰めている。
青臭いにおいがする。

八幡はピーマンが好きだった。爽島はピーマンが嫌いだった。給食でピーマンが出ると、いつも八幡に食べてもらっていた。
ピーマンを食べられるようになったのはいつだったか。最近では美味しいと感じるようにもなっていた。
それでも八幡はまだ爽島がピーマンを嫌いだと思っている。彼女が八幡にピーマンを渡し続けていたからだった。おたがいにとってそれは習慣で、彼が好きなものを食べられるのなら満足だった。

部屋へ戻り、冷蔵庫にピーマン5袋分を詰め込む。食べきれないだろう。あの子もピーマンが好きだから、二人でパーティーでも開けばいい。
洗濯物と布団を干し、玄関を掃く。掃除は全て終わった。ゴミも捨てて来た。メイクも直した。あとは帰りを待つだけだった。

「……ごめん、メール気付かなかった」
「いいよ」
「ほんとごめん、OBとか来て盛り上がっててさ」
「うん」
「……ちょっとシャワー浴びてくる」
「わかった」
驚くほど心は静かだった。今なら何をされても許せるような気がしていた。
彼にされたいたずらの数々を思い出す。
彼がするいたずらにあの子はどんなふうに笑うのだろう。
ふと思い立って風呂場の扉を開けた。八幡は体を洗っているところだった。
「なんだよ」
「なんでもない」
にやりと笑って見せると、笑い返してくる。
(好きだ)
「流すぞ、かかるから出ろよ」
「流したげるよ」
シャワーヘッドをとり、湯になるのを待たずに浴びせる。
「うわっつめてっ」
「ふふっ」
泡が流れ落ちる。爽島はシャワーヘッドを放り出すと八幡を押し倒した。
「おいどうしたんだよ」
顔中に口付けた。
「爽島?」
しがみつくと頭をなでてくれる。
「八幡くん」
「うん」
「八幡くん大好き」
「うん」
目をのぞき込む。シャワーの音が優しく響いている。
「……もう行くね」
「……」
「八幡くん他に好きな人できたんでしょう?」
「……」
「ありがとうね、今まで」
どこかで聞いたようなせりふしかでなかった。疑問ではなく、ただの確認だった。
スニーカーに足を突っ込んで爽島は外に出た。やはり快晴だった。

冷蔵庫をあけた八幡は何を思うだろう。
もしかしたらそれはそれとして美味しく食べるのかも知れない。しかし、八幡がピーマンを好きじゃなくなっている可能性だってあるのだった。爽島が実はピーマンを嫌いではないように。

(これをきっかけに大嫌いになったりしないかな)

濡れた顔を日差しに照らされ、爽島はやけにビブラートのきいた鼻歌を紡いだ。

シャワートイレ板を見学

してまいりました
板ができたときのスレがまだあるんですね
トイレの詰まりに関するスレの1に「この板唯一の実用的なスレ」とあって笑いました

擬人化するなら「下ネタ(というかうんこネタ)といたずらが好きだけどやるときはやる」って感じでしょうか
シャワートイレと掃除は切り離せないですし、絡めた話をつくるのはやりがいがありそうです
ピャーさんありがとう!

ちょっとおたずねしたい

掃除板さんが懸賞の前の彼氏と別れる話を書こうと思うんだけど、元彼を誰にしようか迷ってる
幼馴染み設定にしたいんだけどどこがいいですかね
御意見ありましたらコメントください

遭遇(やおいとびっぷとどうじんとぽえむ)

学食は空いていた。
矢追はパン2個と野菜ジュースをぶら下げてまっすぐに窓際のカウンター席に向かい、背の高いスツールによじ登る。
小腹を満たしてからサークルに出るつもりだ。

窓からは西日が差し込んでいる。大学の敷地と隣接した公園の緑は夏に向けて濃さを増していた。
二百席ほどの空間は半分ほど埋まり、ざわめきで満ちている。風に揺れる樹々を眺めていると、そのざわめきが葉擦れの音のように思えるのだった。

矢追はかばんを降ろして右隣りのスツールにのせた。
一つ息を吐くと食事に取り掛かる。
焼きそばパンを片付け、あんぱんにとりかかろうと袋を開けた時、右側に二人連れがやってきた。なかなか魅力的だ、と矢追は思った。そしてすぐに彼女らが双子の姉妹であることに気付いた。
髪型や服装は全く重ならないが、横顔のラインやしぐさ、声が時折溶け合うような錯覚を起こすのだ。
ややあって彼女らから目を離し、矢追はごまかすように左を見て驚いた。ひとつ開けた隣りにいつのまにか人がいたからだ。
そんなに自分は双子に見入っていただろうか。スツールは引くとかなりやかましい音を立てるのだが。

左に座ったのは男だった。あんぱんをかじりながら矢追は考える。自分にもし双子の兄弟がいたらどうだろうか。自分とよく似た存在を受け入れることは難しいかも知れない。別々に育ち、成人してから初めて出会った双子はお互いをどう受け止めるのか。
とりとめのない思考は左から中断された。男がむせている。むせているだけでなく、なぜか右手をひらひらと振り回しているのだった。

怪訝な視線に気付いた彼はうつむいた。よく見ると右手からは細い糸が幾本もたなびいている。眼鏡が西日を反射して表情はよくわからない。矢追はかばんをあさるとウエットティッシュを取り出した。
「よかったらこれ使ってください」
(ずいぶんかばんに入れっぱだったけど乾いちゃってないかな。)
矢追はフィルムをはがすと一枚引きだし、湿度を確認した。
「……ど、どうも」
彼は一瞬ぽかんとし、そのあと慌てたように頭を下げた。ボサボサの長髪がバサリと顔を隠した。
「納豆は大変ですよね」
意味なく自分も手を拭いたあとテーブルも拭きながら矢追は笑いかけた。隣りの彼は目を合わせず猫背をさらに丸め、耳まで赤くなっている。
(食べ合わせすごいな)
半分ほどになった納豆巻と一緒に、ピルクルと春雨ヌードルキムチ味が並んでいる。この時間には売店の商品が売り切れていてもおかしくない。残っていたものを買った結果なのかも知れなかった。
(納豆菌と乳酸菌がけんかしたりして。キムチにも乳酸菌入ってたっけ?)
隣りの彼は意を決したように猛然とキムチヌードルに取り掛かった。とっとと食事を終えるのが気まずさから逃れる唯一の手段だと考えたのだろう。
(あ…そんなに急ぐと……)
「ガフッ」
やはりまたむせた。彼の内心を想像し、矢追までいたたまれない気持ちになる。
(友達だったら笑い飛ばしてやれるのにな)
自分が席を立つことがお互いのためだと判断し、矢追はスツールから降りると荷物をとった。
背を向けたところで声がかかった。
「あ、あのこれ…」
ぼそぼそして聞き取りにくいが、「忘れてますよ」と言ったのだろう。テーブルの上の開けたばかりのウエットティッシュを彼は指差した。
「ああ、もらってください。僕使わないんで」
視線がなかなか合わないな、と思いながら矢追は言った。
「……ありがとうございます」
困ったような顔をして彼は礼を述べた。
(ヌードルをひっくり返したりしなければいいんだけど)
矢追は学食を出てサークル棟へ向かった。

「紙とインクを愛する会」と相撲字で書かれた看板のかかったドアを開ける。
大学設立と同時にできた由緒正しい同好会らしいが、平たくいえば同人誌発行サークルだった。内容に特に制限はない。百名を超える部員は月に一回の会議で紙面を奪い合い、小説、詩、俳句、短歌、エッセイ、評論、漫画などがごった煮の厚さ3センチの部誌を発行していた。
十二畳ほどの空間は埃と紙とインクの匂いに満ちている。
矢追は横たわっている堂仁を見つけると肩を揺すった。
「おーい、生きてる?」
かばんからお茶と栄養ドリンクとおにぎりとシュークリームを取り出す。おにぎりのフィルムをはがすと、堂仁はむくりと起き上がった。
「はいどうぞ」
おにぎりをむさぼっている堂仁の周囲に原稿は見当たらない。かけもちしている漫研の〆切には間に合ったのだろう。
「代返しといたよ。来週は頼んだ」
コピーしたノートを渡すが、理解しているかは定かではない。口の周りについたクリームを見てウエットティッシュを探し、そういえばもうないのだと気付く。
全て平らげた堂仁はやっと矢追を見た。
「ありがとな」
(よく感謝される日だ)
「まあ来週は立場が逆になる予定だし」
「胸を張るな。俺が言うのもなんだけど早めに上げろよ」
「頼りにしてます」
「お前今回字だろ?何を手伝うんだよ」
「応援とか?チアガールのかっこで」
「なにその米軍に売り込めそうな視覚兵器」
堂仁はぐにゃりとまた横になった。
「もうちょい寝るわ」
「はいはい」

あっという間に寝息を立て始めた堂仁の横で、矢追は発行されたばかりの部誌を開いた。
巻頭特集は漫画におけるキャラクター分類に関する批評だった。「ツンデレ」「ヤンデレ」「どじっ子」「天然」などの単語が並んでいる。
ガチャリとドアが開き、小柄な人影が入って来た。
「久しぶり、穂江さん」
「…久しぶり。堂仁君は〆切間に合ったみたいね」
(穂江さんはクーデレというやつだろうか)
「機嫌いいのね矢追君」
「わかる?なんかいいネタ思い付きそうな予感がするんだよね」
「そう」
納豆巻の彼はどじっ子だろうか?
(キャラクターならともかく、人格を分類するだなんて傲慢だよね)
二言三言交わしただけの相手の何を知り得たというのか。
「よかったら今度『双子』をテーマにして一冊作らない?」
「……新入生には双子が多いらしいわね」
「あ、そうなんだ」
あの美人姉妹も一年だろうか。
堂仁が寝返りを打つ。
矢追は納豆巻の彼の顔を思い出そうとしたが、振り回していた右手首の細さだけしか浮かんでこなかった。
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