「私、今日死ぬのよ。」

唐突に彼女は言った。黒く長い髪を蛇のようにうねらせ、僕の方へ振り向きざまに微笑んだ。その笑みは今日死に逝く者の態度ではない。

「此処から飛び降りて死ぬの」
「ふうん、そう。」
「それだけ?クラス一の人気者が、クラス一の根暗くんに死を告げているのに。」

僕がつまらなそうな態度で相槌を打てば、僕の態度が気に入らなかったのか。彼女は頬を膨らませて僕を睨んだ。丸みを帯びたその可愛らしい瞳で睨まれても大して怖くない。

「だって興味ないし。」
「興味ないって…目の前で人が死のうとしてるのよ?怖い、とかあるじゃない」
「別に特にない。しいて言えば、少しだけ驚いたよ。」
「嘘つきは針を飲まなくちゃいけないのよ」
「千本だろ」
「細かいことを気にしちゃ負けよ」
「細かくねえし」
「どこが」
「数の多さで罪の大きさは変わるものだろ」
「そういうものかな?」
「そういうものだよ」

首を傾げながら彼女は変なの、と呟き小さく笑みを浮かべた。それで、と僕は言葉を続け、

「いつ死ぬの?」

そう聞く僕に彼女は一瞬キョトンとした表情を浮かべ複雑そうに微笑んだ。

「何よ、そんなに早く死んでほしいの?失礼な人ね。」
「だってあんな大口を叩いて起きながら雑談ばかりだから。」
「死ぬ前に思い出を残しておきたいじゃない。」
「僕みたいな根暗とおしゃべりしたって良いことなんて何一つ無いよ。僕なんかと話していないで、クラス一のイケメン君とでも喋っとけば。」
「嫌よ。」
「どうして」

だって、と彼女は言葉をごにょごにょと濁す。
「どうして」

僕はそんな彼女の様子をじれったく感じ、もう一度彼女に問う。


「君のことが好きなんだもの。」


は?
僕の頭上に疑問符が浮かぶ。一体この女は何を言った?
こんな僕に対して"好き"だって?

「ずっと前から好きだったの、一目惚れだったの。」

何を言って…、

「一目惚れだったの。貴方は他の下等生物【ヤツら】とは違う。」

やめ、

「纏っているオーラが違うのよ。あんな集団でしか行動できない弱虫とは違う、百獣のライオンみたいな。」

やめろ、

「強い貴方に惹かれたの」

やめろ!!!
知ったような口を叩くな!何も知らない癖に、本当の"僕"を知らない癖に、今日初めて顔を合わせて、今日初めて口を聞いた分際で僕を語るな!"百獣のライオン"?他の奴らとは違う"?そんなのはお前が勝手に想像した夢物語だ、自己中心的な考えを僕に押し付けるな!迷惑なんだよ、そういうの!そんなこと言われても僕が喜ぶとでも思ったのか、そんな訳ないだろ!思い過ごしもいい加減にしろ!

「さて、想いも告げた事だし、そろそろ死のうかな。」

そう言って、屋上の柵を跨いで落ちるか否かの所で立ち止まる。ご丁寧に上履きを脱いで綺麗に揃えて。

「ありがとう、楽しかった。」

言葉が出ない僕に、彼女はこちらを振り向き、とても嬉しそうに笑って僕にそう言った。彼女は再び後ろを向いて、足が地から離れる。地面に吸い込まれるように彼女の身体が堕ちていった。その後に聞こえる鈍い衝突音も、甲高い悲鳴も僕の耳にはもう届かない。ただ一つ、ただ一つ、僕の五感を刺激したのは、彼女が堕ちる時に見えた、彼女の涙だけが、ただただ目に焼き付いていた。
"それ"を綺麗だと思う僕は頭のイかれた奴なのかもしれない。

だとしても、嗚呼、綺麗だった。


そうか、僕は、
(この胸に溢れる感情は、)(気づかないまま。)