チャイムを押すやいなやドアがわずかに開き、隙間から備府がにらむように矢追を見た。
「ノート持って来たよ」
矢追が微笑むと、備府はぐいとドアを押し開け背中を向ける。今駅に着いた、とメールしたのは二十分前だ。一体何分前から備府は玄関に立っていたのだろう。
「備府理科必修嫌いなの?前々回もサボってたよね」
勝手に座り込んでかばんを開きながら矢追は言った。
「んー」
備府はぼさぼさの頭を掻いて生返事する。
冷蔵庫を開けてコーラのボトルを出し、コップを探してうろうろしている。
「次は実験だから出た方がいいよ」
ノートのコピーを手渡すと備府は顔をしかめた。
「……グループ授業とかなんなの?ばかなの?しぬの?」
やはりそれか、と矢追は苦笑する。
「そんな気にすることないのに」
「コミュ力無しのつらさはお前にはわからん」
備府はやっとマグカップを発見し、コーラを注いで矢追に差し出し自分はボトルに口をつけた。
「……矢追と一緒の班だったら良かった」
スウェットについた水滴の跡をつまみながら備府は言った。
「備府だってコミュ力あるよ」
緩みそうになる頬を押さえて矢追は言う。
「んあ?」
コーラを飲みながら備府はこちらを見た。
表情から何かを読み取ったらしく、しまった、という顔をする。
「僕だって積極的に話すタイプじゃないよ。どちらかといえば」
「全く説得力がないんだが」
「備府は例外だよ」
「ああそうかい」
「来野と堂仁は高校から一緒だし、あとの知り合いもサークルが基本だし」
つまらなそうな備府を慮って話題を変えてみる。
「来野との出会いはすごかったんだよ」
備府がこちらを見た。
「もう少女漫画みたいだった。通学路で出合い頭に衝突!様式美だよねえ」
「ふーん……パンツ見えた?」
「スカートの下にパンツしかはかない女子高生って三次元にはあんまりいないよね」
「……」
「うちは私服だったから来野はジーンズだったよ」
「……」
「パンはくわえてなかったけどね。それで僕がBL同人誌を大量にばらまいちゃって」
「へえ……ちょっと待て、今なんつった?」
「ん?パンはくわえてなかった」
「いやそのあと」
「BL同人誌をぶちまいた」
「……」
「あれ?備府は知らなかったっけ?」
「……何を?」
「僕BL好きなんだよね。自分で本つくったりもしてるよ。次の部誌に載せるのもBLだし」
沈黙が部屋を満たした。
備府がゆっくりと矢追から後退していく。
「いやいやいや、違うよ?よく間違えられるけどゲイではないからね」
「そ、そうか、なるほど」
備府は手を伸ばして枕を引き寄せ、胸に抱え込んだ。
「全くなるほどと思ってないよね?」
失敗したか、と矢追はため息をついた。
やはりあのサークルにいるせいで感覚が麻痺しているらしい。備府の反応のほうが実際は多数派なのだろう。
「まあしょうがないか……でも彼女だっていたことあるんだよ?」
「自慢すんな!リア充しね!」
備府は反射的に叫んだ。
「気持ち悪いかな、やっぱり」
「うん」
「はっきり言うねえ」
「……お前はもともと気持ち悪いぞ」
「そうかあ」
「聞かなかったことにするわ」
「あらそう」
「……それでどうなったんだ」
「ん?」
「来野とぶつかってそれから?」
「…やっぱ備府って来野好きだよね?」
「いいから!続き!」
マグカップに手を伸ばすと備府がびくりと反応した。追い出されないだけましと思いながら、予想以上に傷ついている自分を矢追は内心不審に思うのだった。