「俺がうざくなったんじゃねえの?」
なあ、と備府はさらに詰め寄る。
「そうじゃないよ備府、あれはただもったいないと思って」
備府はかぶりを振った。
「面倒になったんならそう言ってくれよ。自分でもわかってるし」
もうあれだよな、こんなこと言ってる時点でめんどくさいもんな。
備府は無理矢理笑うと体を引いた。
「備府」
頬を摘んだ。相変わらず素晴らしい、と矢追は思った。
「そんなトンデモ解釈されるとは思わなかったなあ」
苦笑いすると備府は揺れるまなざしで矢追の口元に注視している。いくらかの気恥ずかしさを覚えながら矢追は言葉を選んだ。
「僕はね、備府と話してるとすごく楽しいし、備府と友達になれてよかったと思ってるわけ。」
頬を揉みながら続ける。いつもなら振り払うところだが今回は話しに気を取られているのかそれがない。
「友達に紹介したいし、他の友達といるときに備府もここにいたらいいのに、と思うことがよくある。本当は毎日だって会いたいくらいだよ。備府こそ僕のことうっとうしいんじゃない?」
「……」
「どうしたの?あ、わかった、鯉の物真似でしょ」
「おっ、おま、よくも、あー腹立つしれっとしやがって」
「何が?毎日会い」
「俺が悪かった!悪かったから!」
体を捩って備府は逃げた。
「ひどいなお前。そんなこと言う奴は俺は信用しない」
むやみに唐揚げにレモンを絞る備府の耳は赤い。

「俺だってその気になれば友達くらいつくれるからな」
「うんうん」
「お前は知らないだろうけどさっきメアドゲットしたから。男のだけど。友達百人とか余裕だし」
「見てた見てた」
「なんで見てるんだよ!きもっ」
「んふふ」
「きもっ」
「そういえば備府はこっちより向こうの駅のほうが近いんじゃないの」
「……知ってる」
「ほう」
「……知ってるし」
「なるほど」
「あー……泊めてください」
「いいよ」

「これ染み落ちるかな……」
歯ブラシで叩き出すのが有効だろうか。生地が傷みはしまいか。
洗面所でハンカチを広げて矢追は腕組みをした。
備府はシャワーを浴びるなりベッドに潜り込んでしまった。
酔ってくれてよかった、と思ったがもちろん口には出さない。
酒で口が軽くなったからこそ矢追は備府の誤解を解くことができたのだろう。
何も言わずに矢追を遠ざけていく備府の姿を想像しかけて消す。ぞっとしない。
明日ハンカチをクリーニングに出さなければ。
部屋に戻ると備府は軽いいびきをかいていた。ひょろっとした手足は無造作に投げ出され、掛布団からはみ出している。
さて、自分はどうやって寝ようか。矢追にとって、それは悪くない悩みだった。