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休館日(4)

間抜けな一時を経て部屋に戻ると、男はなんの感情も読み取れない目で岡を見た。
立ち止まって間合いを測る。
なだれ込むように事に及ぶのが岡の好みだった。ただそれは少なくとも岡にとって予定調和でなくては困る。時間を逆算して下準備をし、散々煽って食らいつかせる。
それに怒りを使う事もしばしばだったが、つまり岡は今まで彼を「待たせた」事がなかった。
それに思い至った岡は押さえ切れない、と言ったように微笑むと「怒ってますか?」と首を傾げて見せた。
男はまんまと挑発に乗り、飛び掛かるようにして岡の髪を掴み床に引き据える。
男の怒りは女に向くことを忘れ、この瞬間挑発に乗ってしまった自分への怒りさえ岡に向かう。
微かに湿った黒髪を握り締め、男は岡の額をフローリングに押し付けた。
「糞野郎」
自分の口の下手さをこんなに悔やんだのはいつ振りだろうか。男は罵倒の代わりに唾を吐きたかったが、口内はカラカラに干上がっていた。
「最後くらい、優しくしてください」
あの子にするみたいに、と囁かれ、男は怒りの余り自分が死ぬのではないかと疑った。眼は眩み頭は酷く痛む。耳鳴りがしていても、岡の声が欠片も本気を含んでいないのは明らかだった。

彼は顎から汗を滴らせながらようやく一つ息をついた。真っ白な腰に落ちた滴を刷り込むように撫でると、岡が微かに身動ぎする。肩甲骨の影が形を変えた。
吐き出し終わってずるりと引き出すと、押し殺した呻きが洩れる。苦鳴だ。当然だろう。怒りに任せて突っ込んだだけだ。岡は黙ってされるがままになり、それがさらに苛立ちを生んだ。
一段落つくと熱は霧散し、あんなに艶めいて見えた体は投げ出されて別物だった。だからどうして起き上がった岡を引き止めたのか、自分ではわからなかった。
二度と見れない物なのだと、惜しむ気持ちでも湧いたのか、自分だけ出したのが、沽券に関わるとでも思ったのか。彼にはわからない。
ただ、見開いた岡の目こそが意趣がえしに必要なのだと、ようやく気付いたのだった。
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