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休館日(2)

図書館が閉まっていることを無理矢理に理由にして、穂江はMセンターへ向かった。
酷く億劫だった。彼の妻から便りが届いた時、できるものなら封を切らないまま捨てていただろう。
彼は目覚めないようだ。どうやら昏睡病らしかった。
受付で尋ねると、彼がいるのは看護士室の隣りだった。音の立たないドアを開くと片側の壁には大きなカーテンが引いてある。カーテンの向こうには窓があって、窓の向こうには看護士室があるはずだ。
やはり彼女はいた。
「おひさしぶりです」
「久し振り」
やつれきった顔にそぐわない笑顔で彼女はベッドわきの椅子から立ち上がる。

夫の病床に元恋人を呼ぶ妻、という状況に偏見を持つような経験はなかったはずだ。
「呼んであげてください。先輩が呼んだらもしかしたら起きるかも知れないし」
バウムクーヘン食べ放題、と心の中で唱えながら男の顔を覗く。
いつも見ていた寝顔のはずだが、別人のように見える。
「記年くん」
いつも寄っていた眉間の皺がない。
「ごめんなさい、先輩」
振り返ると、見覚えのある赤い革手帳を彼女は差し出している。
「デリカシーのない男ね」
「わたし、どうしても気になって……」
「どうだった?」
面白かった?と重ねて聞くと後輩は泣きそうな顔をした。
「別に気にしないで。そんなの何も言わずに捨てればいいのに。真面目なんだから」
「記年はきっと今でも」
「あなたは自分の手帳に書いておけば良いのよ。彼なら自分の入院なんて一大事、目を覚ました時に記録がないのを悔しがるでしょうね」
後輩は静かに泣いている。
面倒な男だ、と穂江は思う。
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