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螺子の回転(2)

目覚めはスムーズだった。意識が急速に浮上し、矢追はぱちりと目を開く。顔の辺りに持って行こうとした手が驚愕で宙ぶらりんになる。備府の見開かれた目に入りそうになって慌てた。
自分は床に寝ている。備府はその横に寝ている。辺りはたぐまった敷き布団と掛け布団で埋もれている。
見上げるとベッドはマットレスがむき出しになっていた。
「……落ちた……んじゃないよね?」
寝起きは声が掠れている。
備府は首を勢いよく横に振り、振った勢いで寝返りを打って背を向けた。
「……落ちた」
寝起きのせいか、声が震えている。
「落ちたの……?」
縺れた髪の毛に手を伸ばした。備府が身動ぎする。
「……お前怖くねえの?」
備府の言葉でようやく昨日の出来事を思い出す。髪の毛を引っ張らないように気をつけながらほどきにかかる。
「うーん」
もしかしたら他の心配事と相殺されているのかも知れない。
自分の恐怖など備府の前では取るに足りないように感じる。
備府は頭を振って矢追の手を払うと向き直った。
「もうあのバイト止めようぜ」
「うん、そうだね」
「あの図書館にも行かない」
「うん」
「岡さんたちとも会わない」
「うん」
「それで大丈夫だよな?」
「それがいいね」
「大丈夫だよな……?」
「……大丈夫だよ」
確証がないことはお互いわかっている。
備府は自分に確認するように一つうなずき、勢いよく起き上がった。
「備府寒いよ」
「知るか」
矢追を足で転がして敷き布団を引っ張り出すと、ベッドの上に広げ直す。
矢追の目の前に、少しよれたチェック柄のトランクスに包まれた備府の尻がある。
「起きろっ」
備府に掛け布団も引き剥がされる。渋々起き上がってあぐらをかいた。

布団を敷き直しながら懸命に目を瞬く。自分がしたことがずいぶん気色悪いような気がする。
矢追は親でもなんでもない、と当たり前のことを脳内で呟く。
違う、別に精神的な要因であのような行動をとったわけではない。
「寒かったから仕方ない」
「そうそう、仕方ないよね」
うっかり口に出ていたらしい。あやすような口調にむっとして振り返った。
「元はと言えばお前が床で寝るって……」
備府の口は開いたままになった。視線を追って自分の足の間に目をやった矢追はちょっと笑い、申し訳程度にシャツを引っ張り下ろす。
「これは失敬」
「なんでだよ!」
「いやなんでだよと言われても……あの、ほら、朝だし」
「朝?……ああ、朝か……朝?」
「僕も男なんですけど、そんなにおかしいですか?」
何かすごい衝撃を受けたが、備府自身にも意味がわからない。
「いや、おかしくはないな」
「おかしくはないですよね」
矢追はすでに半分笑っている。
「お前男だもんな」
つられて笑いそうになり、慌てて頬を引き締める。
「いっつも澄ました顔してるくせに」
苦し紛れに投げた「だっせぇ」という一言がスイッチを入れたらしく、矢追はとうとう声を上げて笑い始めた。
「確かに、確かにだっせぇよね」
「あーもうお前黙れよ」
「もーなんなの備府、どうしちゃったの」
「どうもしねえよ!なんで俺が気まずくなんなきゃいけねえんだよ理不尽だっ」
「あ、ほら見て見て、だんだんもとの静けさに」
「見ねーよ!!」
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